注目の歯科基礎医学研究者!第八弾!

北海道医療大学歯学部 口腔構造・機能発育学系 組織学分野
教授 細矢明宏

歯根膜は、歯と歯槽骨をつなぐ線維性結合組織です。この組織には歯小嚢の未分化細胞から分化した骨芽細胞、セメント芽細胞、線維芽細胞など多種類の細胞が存在します。しかし、完成歯の歯根膜における未分化細胞の存在および特性は不明な点が多く、これらを明らかにすることは、未分化細胞を用いた歯周組織再生療法の開発につながると考えられます。これまで私達は、GFPラット(全身の細胞が緑色蛍光を発するラット)の臼歯を野生型ラット皮下へ移植し、歯根膜に存在するGFP陽性細胞が歯槽骨を再生することを明らかにしました(第21回歯科基礎医学会賞)。この知見は、歯根膜に骨芽細胞へ分化する未分化細胞が存在することを示していますが、これまで有用な幹細胞マーカーがなかったため、この細胞を形態学的に同定することは困難でありました。

近年、タモキシフェン誘導性Cre-loxPシステムを用いた細胞系譜解析により、様々な組織で幹細胞の同定が可能となってきました。そこで私達はヘッジホッグシグナルの下流因子であるGli1に注目し、この因子を発現している細胞が歯根膜幹細胞であることを示しました(Shalehin N et al. J Dent Res 101:1537-1543, 2022)。これらの幹細胞は、平常時は血管周囲で静止状態を保っていますが、刺激が加わると増殖し、組織修復に寄与します。またこの細胞は、in vitroでコロニー形成能と多分化能を示したことから、幹細胞特性をもつことが明らかになりました。さらに、歯の矯正移動時の牽引側歯根膜(Seki Y et al. Bone 166:116609, 2023)および抜歯後の抜歯窩で骨芽細胞へ分化したことから(Fujii S et al. Bone 173:116786, 2023)、歯根膜のGli1陽性細胞は,歯根膜の恒常性維持ならびに再生に関与する細胞の供給源であると考えられました。

細矢明宏先生図1

【図の説明】Gli1-CreERT2/ROSA26-loxP-stop-loxP-tdTomato(Gli1/Tomato)マウスによる細胞系譜解析。(左)タモキシフェン投与直後。歯根膜の血管周囲に少数のGli1/Tomato陽性細胞が認められる。(右)Gli1/Tomato マウス臼歯を野生型マウス皮下へ移植した実験。Gli1陽性細胞は増殖し、歯槽骨を再生する骨芽細胞へ分化する。

現在は、Gli1以外のマーカー遺伝子においても細胞系譜解析が可能なマウスを作製し、歯の幹細胞研究を進めています。当然ですが、マーカーが異なると標識される細胞の分化能も違うため、どのマーカー遺伝子がより未分化な細胞を標識しているかを検索する必要があります。今後も歯の幹細胞の特性を解析し、新しい再生療法の開発につながる研究をしていきたいと思っております。最後になりましたが、歯科基礎医学会会員の諸先生方におかれましては今後も引き続きご指導、ご鞭撻のほどを、よろしくお願い申し上げます。また、共同研究者として貴重なご助言とご指導をいただきました多くの先生方に、感謝申し上げます。


北海道大学大学院歯学研究院 口腔機能学分野 口腔生理学教室
助教 吉澤知彦

この度は企画に参加させていただく機会を頂戴し、関係する先生方に対して厚く御礼を申し上げます。私は、北海道大学歯学部3年次に受講した舩橋 誠 先生の生理学講義で学んだ、脳の高次機能、特に学習や予測、意思決定を担う神経メカニズムの解明に強い意欲を燃やし、大学院(沖縄科学技術大学院大学 銅谷 賢治 先生)〜ポスドク(玉川大学、東京医科歯科大学 礒村 宜和 先生)〜現在(北海道大学 舩橋 誠 先生)に至るまで、所属した研究室では神経生理学手法と数理学手法を組み合わせた融合研究を行ってきました。数理学手法は脳内での情報処理過程を数式として記述でき、その動態をシミュレーションできることに私は魅力を感じています。

私の大学院以来の一貫した研究テーマは、「大脳皮質–基底核回路における強化学習の実装」です。ヒトや動物は不慣れな環境を探索する中で、良い結果や悪い結果につながる状況や行動を学習し、新しい行動を獲得することができます。例えば、初めて入ったレストランの料理が美味しければ同じレストランに再び行くように学習しますが、不味ければ同じレストランには行かないように学習します。好ましい結果、あるいは好ましくない結果が強化子となり、それらを引き起こした状況や行動との連合を強化して、将来の報酬予測に基づいた意思決定ができるようになります。「強化学習」は動物の連合学習から着想され、機械学習の分野で発展した試行錯誤的な学習理論です。強化学習では正しい行動は明示的に示されず、ある行動をとったときの結果の良し悪しの評価のみが報酬で与えられます。その際、実際に得た報酬と予測した報酬の差である報酬予測誤差(RPE)の計算を通じて行動が改善されます。

動物においても中脳ドーパミン(DA)細胞の発火活動がRPEを符号化しており、DA細胞から強い入力を受ける大脳基底核線条体とともに動物の強化学習において重要な役割を果たすことが知られています。私の研究では、齧歯類を用いた動物実験を行い、連合学習や意思決定に関連する脳の神経活動をin vivo Ca2+イメージングや電気生理手法(マルチユニット記録)により細胞種特異的に計測し、その活動に符号化される情報を数理学手法により解読することを基本戦略としています(Yoshizawa et al., eNeuro, 2018; Yoshizawa et al., eNeuro, 2023)。数理学手法には、強化学習モデリングや、ベイズ推定、クラスタリング、回帰分析などを用います。現在はファイバーフォトメトリー(細胞外DA光学計測)や陽電子断層撮影(PET)、トランスクリプトーム(snRNA-seq)などの新しい実験技術も積極的に取り入れて大学院生と一丸となり研究を推進しています。

吉澤知彦先生図1


福岡歯科大学 機能生物化学講座 感染生物学分野
助教 豊永憲司

・これまでの経歴

幼少の頃、生き物が好きだった私は、福岡の高校を卒業後、京都工芸繊維大学へ進学しました。当時はヒトゲノム計画が話題になっていたこともあり、繊維学部応用生物学科を選択しました。ぼんやりと地元の大学院進学を考えていましたが、今でもお世話になっている先輩から言われた「レクチンおもしろいから!」という言葉が決め手となり、九州大学大学院へ進学し、生体防御医学研究所分子免疫学分野の山﨑晶先生の元で研究生活をスタートしました。夜間コースの学科に在籍していたため、それまであまり実験は行ったことがなかったのですが、分子免疫学分野は、大学院入学年度に新設された研究室ということもあり、最初の大学院生として、細かな実験手技や研究のいろはを一から学ばせていただきました。C型レクチンは、カルシウムイオン依存的な糖結合活性を特徴とするレクチンで、細胞膜貫通型のものに関しては、今では、パターン認識受容体の一つとしても知られています。幸いなことに、学位取得までに、いくつかのC型レクチン受容体に関して、そのリガンドや機能解析に携わらせていただくことができました。学位取得後も、鹿児島大学大学院医歯学総合研究科免疫学分野の原博満先生、大阪大学微生物病研究所に移られた山﨑晶先生の下でポスドクとして、免疫受容体を介した感染防御機構について研究してきました。この間、新型コロナウイルスのパンデミックを目の当たりにし、より身近な感染症研究への思いを強くしました。その後、口腔感染症を研究テーマに掲げる福岡歯科大学口腔歯学部感染生物学分野の田中芳彦先生の研究室に運良く加わることができ、現在に至ります。

・現在の研究内容

田中研究室では、歯周病やう蝕といった口腔領域での感染症に関して、様々な視点から研究を展開していますが、私は、これまでの経験を活かし、口腔感染症における宿主免疫応答の研究に注力しています。特に現在は、口腔カンジダ症をはじめとする真菌感染症やう蝕に関して、マウスモデルを用いた解析に取り組んでいます。いくつか興味深い結果も得られつつありますが、本学の推進する「口腔医学」の概念のもと、口腔局所での応答に囚われすぎることのないよう柔軟な発想・解析を心がけ、歯科基礎医学会で成果を発信できればと思います。

豊永憲司先生図1

最後になりましたが、本企画に推薦していただきました歯科基礎医学会微生物学分野の先生方をはじめ、日頃よりご指導いただいております田中芳彦先生、ならびに田中研究室の皆様に心より感謝申し上げます。口腔医学研究の発展に少しでも貢献できますよう、より一層研究に邁進していきたいと思いますので、今後ともご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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