若手研究者の育成

注目の歯科基礎医学研究者!

新潟大学医歯学総合研究科口腔生化学分野
助教 市木貴子

この度、本企画にお声がけいただき大変光栄に思います。新潟大学医歯学総合研究科口腔生化学分野助教の市木貴子と申します。

私は九州歯科大学歯学部の学生時から基礎研究に興味を持っており、後藤哲哉先生(現 鹿児島大学歯科機能形態学分野教授)のご厚意により研究室に出入りさせていただき、ご指導のもと知覚神経系による骨代謝制御メカニズムの研究に携わらせていただきました。そこで基礎研究の面白さに触れたことで、基礎医学研究者になることを決意し、大学院からは基礎研究のみを行ってきました。博士課程は順天堂大学医学部生化学第一講座にて、横溝岳彦先生のもと、ロイコトリエン等の脂質メディエーターとその受容体の機能解析に従事いたしました。学位取得後、従来興味のあった神経科学研究に従事したいと考え、米国カリフォルニア工科大学Oka Lab(PI, 岡勇輝先生)にて研究を行いました。生体恒常性維持、特に飲水行動を制御する神経基盤の解明を研究命題とし、消化管における浸透圧センシング機構の解明を目指した研究を行いました。本稿では、その研究概要を紹介させていただきます。

適切な飲水量の調整には、脳神経系による制御が重要な役割を果たしています。飲水後に消化管内で浸透圧変化が感知されることで、飲水抑制が起こることが示唆されてきましたが、そのメカニズムは長らく不明でした。私たちは消化管支配神経のin vivo イメージングの実験系を確立し、消化管を制御する迷走神経の感覚神経節をリアルタイムに観察することで、腸管への水による低浸透圧刺激に特異的に応答する神経群を同定しました。さらに、この低浸透圧感知には、肝門脈が主要な働きをすることを見出し、消化管における浸透圧センシング機構を明らかにしました(下図、Ichiki et al., Nature, 2022)。

市木貴子先生図1市木貴子先生

帰国後、新潟大学の現所属研究室(PI, 照沼美穂先生)で研究を開始し、こちらでもin vivo イメージングのセットアップが完了し実験を続けているところです。私生活では子どもが生まれ、日々育児と研究の両立に奮闘しております。生化学のバックグラウンドを活かしながら、引き続きマウスを用いたイメージング実験を行い、新たな内臓感覚メカニズムの解明に取り組んでいきたいと考えています。歯科基礎医学の発展に少しでも寄与できるよう、今後も研究に励んでいく所存です。ご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。


九州歯科大学 生理学分野
助教 中富千尋

「食感認知研究で目指す歯科基礎医学への貢献」

この度はこのような執筆の機会を頂き、推薦してくださった先生方にこの場を借りて感謝申し上げます。ここでは私のこれまでの研究生活と、現在の研究テーマを簡単にご紹介させて頂きます。

中富千尋先生図1

私が最初に研究に興味を持ったのは、北海道大学農学部在学中に苔の植物ホルモンについての研究を行った時です。自分の手を動かしてまだ明らかにされていないことに取り組むことに、座学では味わえない面白さを感じました。卒業後は両親が歯科医師だったこともあり北大院には進まず、新潟大学歯学部に3年次編入することにしたのですが、そこでは新潟大学硬組織形態学分野の大島勇人先生のもとでマウス切歯形成端に関する研究をさせて頂きました。学部5年生時に参加した岐阜での第53回歯科基礎医学会学術大会が、私の初めての学会発表です。歯学部卒業後、夫(当時、大島研に所属していた中富満城[現:産業医科大学所属])が九州歯科大学解剖学分野に異動となり、私も九州へ移りました。私は基礎研究者になるのが目標だったので、博士号を取得するために九歯大の生化学分野で自見英治郎先生の指導で軟骨形成をテーマに研究を行いました。ところが、博士号は取得したものの当時1歳の娘の育児もあり積極的な就職活動ができず、研究から離れてパートで臨床歯科をすることとなりました。そんな時に現所属分野の小野堅太郎教授に声をかけて頂いたことから、口腔生理学研究者としての今が在ります。生体の行動を観察しその仕組みを探るという生理学でのアプローチ方法はとても面白く、一瞬で夢中になりました。

中富千尋先生

現在は、食感(テクスチャー感覚)による美味しさ(高次脳機能)の生理メカニズムを動物実験系で明らかにしようと取り組んでいます。日々大学院生とともに、ラットに粒子、ゼリー、増粘剤などを摂取させ、その行動を観察しています。これまでに、ラットがウスターソース程度の低粘度(およそ3.6 mPa・s)や、直径1.5 µm程の微細粒子を認知していることを明らかにしてきました。食感研究は未開の研究領域で、私の知的好奇心を存分に満たしてくれます。食感認知の解明には、口腔解剖や組織、チャネル分子、細胞の理解や、分子生物学の知識も欠かせません。様々な分野を渡り歩いて今に至りますが、これまでの紆余曲折は全て今に繋がっていると思っています。今後は遺伝子改変動物などを用いたテクスチャー刺激の受容に関わるチャネル分子の同定や、認知に関わる神経回路の解析を進めていこうと考えています。

私の目標は、歯科基礎医学研究の進展に貢献できるような研究を継続していくことです。何事にも躊躇せず積極的に、そして楽しみながら取り組んで行こうと思っています。今後ともご指導の程どうぞよろしくお願い致します。


九州大学大学院歯学研究院 口腔顎顔面病態学講座 口腔病理学分野
講師 藤井慎介

口腔病理からの「自分らしさ」の発信

この度、歯科基礎医学会「注目の歯科基礎医学研究者!」への寄稿の機会をいただき光栄に存じます。私は九州大学口腔病理学分野・清島保教授のご指導のもと、診断・教育・研究を行っており、その中で「自分らしさ」の発信ができればと思い、充実した日々を過ごしております。本寄稿では、私が中心として行ってきた研究について紹介させていただきます。

私は、大学卒業後、歯科保存学分野に8年間所属し、その間に学位を取得し、診療・教育・研究に従事しました。その後、大阪大学医学部生化学教室(菊池章名誉教授主宰)にて5年間の癌研究に携わる機会を得て、8年前に現所属の口腔病理学分野に異動しました。このような研究背景のため、「臨床よりの基礎」、または「基礎よりの臨床」のように偏りすぎない、ブレンドした研究を「自分らしい研究」と考えています。

具体的には、口腔腫瘍、および発生(歯胚および唾液腺)に関する研究を行っています。当口腔病理学分野では「診断から研究へ、研究から診断へ」を目標に研究活動を行っています。私もこの目標に沿って、以下の2つのプロジェクトを立ち上げ、癌関連遺伝子と癌特異的活性化シグナル伝達の同定を目的にしています。
1. 発生-腫瘍学(Developmental-oncology):形態形成と腫瘍形成には共通の分子基盤(癌関連遺伝子)があり、各々の形成に必要である。
2. 腫瘍実質-間質連関(Tumor-stromal sequence):腫瘍実質と間質の相互作用(癌特異的活性化シグナル伝達)が腫瘍形成を促進する。

藤井慎介先生図1

また、この寄稿時には科研費・国際共同研究強化(A)にて、フィンランド共和国のTurku大学の共同研究者が所属する施設Biocityを訪問しています。生活や研究の価値観が大きく異なっており、驚きの毎日を送っています。例えば、北欧ですのであらゆるところがおしゃれで(研究所の外観やその内装も)、Turku市内で運が良ければ、住居付近で野生の狐に遭遇したり、オーロラを観察することができます。寒波により川が凍った際は、(自己責任で)その上を歩くこともできます。また、研究では、量より質を重視している印象を受けています。一方、良いデータが得られた時には皆で喜び、そうでない時は皆で考える点は共通しているようです。

藤井慎介先生図2

今後は、この海外で研究を行った経験もブレンドした「自分らしさ」を反映させた口腔病理に関係する研究を展開していきたいと考えております。ご興味をもたれた先生方におかれましては、ぜひ共同研究を行いたく存じます。

最後になりましたが、宇田川理事長をはじめ、広報委員会の先生方、ならびに私を推薦してくださった先生方に、この場を借りて深謝申し上げます。


テュレーン大学医学部脳神経外科学講座
講師  岩永譲

臨床のための解剖研究:Reverse Translational Research in Anatomy

「解剖学の研究をしている」と一般の人に話すと、「解剖学って人体の構造ですよね?全てわかっていないんですか?」と驚かれる。それもそのはず、一般的な常識として手術手技を含む医療行為は解剖学的知見をもとに行われていると考えられているから、である。大きな構造に関しては、確かにほぼ明らかである。しかし、現代になってもなお少しずつ解明されてきている解剖があるのも事実である。例えば筋や靭帯の付着は全て教科書に描かれていると思われがちだが、よくよく顕微鏡越しに覗いてみると、付着部位が教科書とは違っていたりすることが実際に起こっている。これまでに必要とされていた肉眼での大胆な手術や診断に必要な解剖は教科書に描かれているもので事足りたが、より繊細な手術用顕微鏡レベルでの診断や手術には、さらに小さなレベル、そして周囲組織との関係を細かく確かめないといけないことがわかってきた。需要の変化に対応した供給の変化である。つい先日も新たに解明された”頬筋”の付着についてIADRで発表する機会を頂いた(図)。

岩永譲先生図1

写真の説明:2024年3月にNew Orleansで行われたIADRに参加し「新たに解明された頬筋の起始」について発表を行った際の写真。解剖の発表を解剖だけで終わらせず、今後はこれらの知見をどのように臨床に落とし込んでいくか、臨床医との議論を行っていく必要がある。

また、基礎研究においてTranslational researchやReverse Translational Researchという言葉が普及しているが、われわれの研究グループではReverse Translational Research in Anatomyを推し進めている。臨床からのサンプル(検体)ではないが、臨床医との議論の上、疑問を抽出しそれをラボに持ち帰り、解剖体による研究で明らかにする。最終的なゴールはもちろん「臨床への貢献」である。ひとたび解剖学の研究を始めると、その切開は本当に安全なのか、それでは結局後戻りの原因にならないか、など次から次へと臨床における疑問が湧いてくる。そういった歯科における臨床解剖研究は、歯科医師であり、解剖学者である自分が追求すべき分野だと考えているが、一人の力でできることは限られている。やはりここは、三人寄れば文殊の知恵である。歯科以外にも関連する隣接分野の研究者に声をかけ、日本はもちろん世界中から仲間を集め、「臨床への貢献」という共通のゴールに向かってさまざまなアプローチを行う。研究に組織や国の垣根はいらない。口腔外科、歯周病科、インプラント科、歯科放射線科、歯内療法科、矯正歯科、歯科麻酔科などさまざまな歯科専門科との共同研究はもちろん、医科における専門分野や基礎研究者との共同研究も常に進めている。これからの「歯科臨床解剖研究」のあり方ではないかと思うと同時に、臨床やその他の基礎研究分野においてもきっと同様のことが言えると考えている。まだまだやらなければならないことは多い。立ち止まっている時間はない。


学会事務局

〒170-0003
東京都豊島区駒込1-43-9
(一財)口腔保健協会内
一般社団法人歯科基礎医学会

お問い合わせフォーム