若手研究者の育成

注目の歯科基礎医学研究者!第九弾!

東京科学大学大学院 医歯学総合研究科・生体情報継承学分野
テニュアトラック准教授 楠山譲二

Oral biology is a risk?

“Rock and roll is a risk. You risk being ridiculed.“ 私の大好きなSing Streetという映画で、ロック歌手を志す主人公のお兄さんが放つ痛烈な激励の言葉です。

私は研修医を修了後、研究に専念するために臨床はやめようと、覚悟のようで逃避のような心持ちで歯科基礎医学の世界に入りました。幸運にも、鹿児島大学の松口徹也教授(口腔生化学)と仙波伊知郎教授(口腔病理解析学)のご指導に恵まれ、実験に没頭する充実した日々を過ごしました。しかし、基礎で素晴らしい業績を挙げる方、臨床も基礎も遜色なく活躍する方、臨床医として自立する方を見聞きする度、焦燥感に苛まれていたことも事実でした。簡単に言えば、自分の選択に対するridiculeが怖かったのです。

楠山譲二先生図1

博士号取得後、助教として数年働きましたが、自分に何か劇的な変化を起こす以外に道は無いように思えました。私はリスクに正面から向き合っていないことをようやく自覚し、職を辞して、留学することにしました。選んだのは、ハーバード大学ジョスリン糖尿病センターのLaurie Goodyear教授の研究室で、分野も細胞分化から未経験の運動生理学へと思い切って変えました。日本人は私ひとり、初めての歯科医、大人数・多国籍・男女同数・職歴様々という環境の心地良さで、ライフスタイルも一変しました。研究テーマは運動効果の次世代伝播機構に興味を持ち、妊娠時の運動が子の将来の糖代謝能を向上させる分子機構の解明に着手しました。運動効果の子への表出タイミングを胎生期まで精緻に遡り、妊娠期の母子間作用が鍵であることを突き止め、最終的に胎盤由来の生理活性物質(プラセントカイン)であるSuperoxide dismutase 3 (SOD3)が親から子への運動効果伝達因子であることを同定しました(Kusuyama et al. Nature Metabolism. 2020, Kusuyama et al. Cell Metabolism. 2021, Kusuyama et al. Diabetes. 2022)。縁も所縁も無い私を採用するだけでなく、私の自主性と創造性を尊重してくれたGoodyear教授には本当に感謝しています。

楠山譲二先生図1

帰国後、東北大学学際科学フロンティア研究所にて、永富良一教授(東北大学医学系研究科)のメンターの元で独立準備後、2022年10月に東京医科歯科大学で生体情報継承学分野という研究室をPIとして立ち上げました。現在、胎盤制御性の遺伝機構の解明に取り組みながら、胎盤医学の創成を大目標としています。歯科分野においても、胎盤情報伝達の観点から口唇口蓋裂の発症研究を推進しています。図らずも私を含め五か国からなる多国籍環境となったおかげで、帰国前と変わらない国際色豊かな毎日を楽しんでいます。

歯科基礎医学はリスクなのか、結論はまだ早いかもしれません。ただ何も分からない状態で歯学部に入学した自分に基礎研究の選択肢があったことだけでも、むしろリスクヘッジだったのではと感じることもあります。それに、歯科研究をメインにしていない自分にも関わらず、歯科基礎医学の先生方にはこれまで多くのご助力を賜り、歯科の暖かい一面に助けられました。ですので、もし昔のあの時の自分に語りかけるのなら、”Hey, we're never gonna go if we don't go now.”と痛烈に激励してあげたいです(良い顔はしないような気がしますが!)。

最後にご推薦をいただいた九州大学の自見英治郎先生、執筆の機会を頂いた歯科基礎医学会の方々、今までもこれからも支えてくださる皆様に感謝申し上げます。


日本大学歯学部 薬理学講座
専任講師 中谷有香

中谷有香先生図1

こんにちは。中谷有香と申します。私の所属する小林ラボは、顎顔面口腔領域の感覚の情報処理機構について研究を行っています。私は、島皮質から三叉神経脊髄路核尾側亜核(Sp5C)への下行性投射線維の機能を明らかにすることを目指して研究を行ってきました。この実験には、小林教授曰く「一昔前の生理学者にとっては夢のようなツール」である光遺伝学や化学遺伝学的手法が不可欠でした。以下、簡単に内容を紹介します。まず、島皮質にチャネルロドプシン2(ChR2)を発現させたラットからSp5Cを含む急性脳スライス標本を作製します。そして、島皮質からの軸索終末に発現したChR2を光刺激してSp5Cニューロンから興奮性シナプス後電流を記録しました。その結果、振幅は抑制性ニューロンと興奮性ニューロンで同程度であることが分かりました。また、Sp5Cの興奮性ニューロンから単一抑制性シナプス後電流を記録すると、failure rateが極めて高いことが明らかになり、島皮質→Sp5Cのシナプス結合は侵害受容を増幅すると考えられました。そこで口髭部に侵害刺激を与えて逃避閾値を計測し、化学遺伝学的手法によって島皮質→Sp5Cニューロンを選択的に活性化したところ、予想通り閾値の低下を認めました。

中谷有香先生図2

パッチ・クランプ法を習得するにあたっては、自称人間国宝こと、山本清文先生に大変お世話になりました。実験の主体はシナプス結合を見つけるマルチ・パッチなので、とにかく、体力と忍耐力勝負。午前様になることも度々です。そのため、息抜きに美味しいコーヒーを用意しておくことがとても重要でした。旧校舎では、自分たちで生豆を焙煎し、様々な種類と焙煎具合の豆を毎週2キロ用意するこだわり様でした。また先代教授の越川憲明先生は、神田 越川という割烹を運営されていましたので、実験しない日は仕込みの手伝いもしました。その御陰で、アジの三枚おろしに始まり、ヒラメの五枚下ろし、最終的には鱧の骨切りまで出来るようになりました。そのほか、夏は梅干しと梅酒、冬はからすみを仕込みます。因みに昨年は12腹作りましたが、新校舎に移って干す場所がないため、教授室の来客用テーブルをからすみが占拠する事態になりました。からすみの一部は、東北大をはじめ、福島医大や同志社大、兵庫医大へと送られ、円滑な共同研究に一役買っています。

昨年の北米神経科学会には、十代の頃からの友人である高橋かおり先生(東北大薬理)と一緒に参加できました。これからも縁を大事に精進していきたいと思います。最後に、本企画への寄稿の機会を頂き、推薦してくださった先生方に感謝申し上げます。


広島大学病院 口腔検査センター
助教 安藤俊範

安藤俊範先生図1

私は広島大学病院口腔検査センターの講師として、口腔病理診断・教育を行うとともに、口腔がん(特に口腔扁平上皮癌:OSCC)の研究を行っています。OSCCの病態解明とその機序に基づく新たな診断・治療法の開発を主軸として研究しています。

OSCCの病態解明として、遺伝子異常とシグナル経路異常の関連を研究しています。特に未解明の点が多いHippoシグナル経路および下流のがん遺伝子YAP/TAZに着目してきました。OSCCで過剰発現する分泌蛋白TIMP-1が、YAPを活性化させる機構を解明しました(図-1)。その後2017-2020年には、米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校のJ Silvio Gutkind教授の元へ留学しました。OSCCで遺伝子増幅・過剰発現しているEGFRが、Hippo経路の構成要素の一つであるMOB1のチロシン残基リン酸化を導くことでYAP/TAZを活性化し、増殖を促進する新たな分子機構を解明しています(図-2)。帰国後も継続して研究を進めて、過剰発現するAXLがEGFR-Hippo-YAP経路を介してEGFR阻害薬耐性を付与する機構を解明しました(図-3)。さらに、核内のRNA結合蛋白であるRBM39が、YAPと核内で結合することで、YAPの転写活性の促進と、スプライシング阻害薬への耐性を付与する機構を証明しました(図-4)また、Hippo経路の異常が免疫細胞からの攻撃を回避している機構も明らかにしました(図-5)。現在は、Hippo経路の異常が免疫細胞や間質細胞を含むがん微小環境全体を改変する詳細な機構についてさらなる研究を進めています。

このように、OSCCにおけるHippo経路の異常が増殖・薬剤耐性・免疫回避を促す機構を解明することで、診断・治療法の標的としての重要性を示してきました。そこで現在は、Hippo経路・YAP/TAZを標的とした新たな診断・治療薬の開発を進めています。

今後もOSCCの病態解明と診断・治療法の開発を進めて、臨床に還元できるよう研究を続けて参ります。またOSCC以外の疾患においても共通するシグナル研究を主軸としておりますので、本学会を通じて多分野の先生方と研究について語り合い、共同研究に発展できる機会を楽しみにしております。この度は貴重な機会を与えていただき誠にありがとうございました。この場を借りて感謝申し上げます。


明海大学歯学部 形態機能成育学講座 組織学分野
准教授 坂東康彦

私は学位研究から今まで一貫してセプトクラストという細胞を研究している。

セプトクラストは長管骨骨端板の軟骨吸収領域に局在する軟骨吸収細胞であるが、ほとんどの方がご存知ないと思う。私も大学院に入学後、指導教授の天野修先生よりセプトクラストに関する課題を与えられ、文献を調べるところからスタートした。文献の電顕写真にはセプトクラストの突起の先端部に小胞やミトコンドリア、コラーゲンの断片、軟骨基質に入り込む微絨毛などが見られ、突起から軟骨基質が吸収されていく様子が手に取るように解り、感動したことを覚えている。その後、金沢大学で井関尚一教授の御指導の元、自身でも電顕観察を行う機会を得て、代謝や軟骨吸収機能を反映するミトコンドリアへの表皮型脂肪酸結合タンパク(E-FABP)の免疫局在や突起の微細構造を写真に収めることが出来た。

学位研究では大和田祐二東北大学教授より優れた抗体を御供与頂き骨端板領域でセプトクラストにE-FABPが特異的に発現することを見出し、後の研究でE-FABPをセプトクラストのマーカーとして用いることが出来るようになった。

学位取得後もセプトクラストの形態と機能について研究を続けている。セプトクラストの発生と分化についての研究により2020年度第32回歯科基礎医学会奨励賞を頂いた。マウス脛骨の軟骨原基に一次骨化中心が形成される胎生15日の夜中~昼にかけて大学に泊まり込み2、3時間おきに胎児を固定しセプトクラストの形態と周囲の毛細血管内皮細胞やペリサイトとの関係を調べた。軟骨原基に侵入する血管の先端でペリサイトマーカー陽性のセプトクラストが出現すること、軟骨原基に血管と共に侵入し血管の先端で軟骨に接触すること、丸みを帯びた形態から突起を伸ばした形態に成長していく様子などが観察され、セプトクラストがペリサイトに由来し発生期の軟骨原基吸収に関与していることを明らかにすることが出来た。

セプトクラストは破骨細胞や骨芽細胞などに比べ注目度が低いが、研究結果が軟骨内骨化の理解に新たな視点をもたらすことを信じて研究を続けている。

最後になりますが、天野修教授をはじめ日頃より御指導頂いております多くの先生方、研究活動を支えて頂いている研究室のメンバーに感謝申し上げます。また、今回発表の機会を与えて頂きました加藤隆史委員長をはじめとする歯科基礎医学会広報委員会の皆様、学会関係者の皆様に御礼申し上げます。

金子直樹先生1金子直樹先生

左:第65回歯科基礎医学会学術大会での発表風景
右:研究室メンバーと大学近くの公園でお花見:左から長坂助教、坂東、天野教授、戸田助教

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