受賞者の声

第36回(2024年度)歯科基礎医学会学会奨励賞 受賞者

中谷有香先生

Descending projections from the insular cortex to the trigeminal spinal subnucleus caudalis facilitate excitatory outputs to the parabrachial nucleus in rats
中谷 有香 先生
日本大学歯学部薬理学講座

日本大学歯学部薬理学講座の中谷有香と申します。この度は、PAIN に発表した「Descending projections from the insular cortex to the trigeminal spinal subnucleus caudalis facilitate excitatory outputs to the parabrachial nucleus in rats」に対して、栄えある学会奨励賞を頂き、誠にありがとうございます。

この研究は、主に急性脳スライス標本を用いたパッチクランプ法と遺伝学的手法を組み合わせた行動生理学による実験から成り立っています。大学院修了後1年間は脳ではなくNo研究で過ごしていましたが、小林先生から声をかけて頂いて翌年からポスドクとして薬理学講座へ入局しました。当初は、電気生理の器具諸々の使い方や浸透圧といった物理化学的な知識は皆無、遺伝子実験計画書に記載する内容の意味も全くわからないド素人で大変な問題児でしたが、小林先生や山本先生から根気強くご指導いただき、約5年をかけての論文となりました。最初の2-3年は朝から晩まで毎日パッチクランプ記録を繰り返し、平日机に座って解析していると、「そんな時間おまえにはない」と言われ、解析や論文読みは日曜日に行うという繰り返しでした。しかし秀でた頭脳を持つわけではない私を支えてくれているのは、そのような厳しい環境で鍛えた忍耐力と小脳に叩き込んだ複数本同時パッチ記録技術だと思っています。実際、いくつかのラボから共同研究を持ちかけられるようになり,それらはBig Journalへトライできる水準までたどりつきました。

来年度からは、ノースカロライナ大学チャペルヒル校のGrégory Scherrerラボへ留学します。小林先生からよく言われることですが、平素丁寧に仕事をすることを心掛けて、自分ができることをきちんとやっていきたいと思います。

(写真)2024SFNにてポスターへ寄ってくださったGrégory Scherrer先生と


広瀬雄二郎先生

Elucidation of independently modulated genes in Streptococcus pyogenes reveals carbon sources that control its expression of hemolytic toxins
広瀬 雄二郎 先生
大阪大学大学院歯学研究科微生物学講座

この度、歯科基礎医学会学会奨励賞を頂きましたことを大変光栄に存じます。

私は大阪大学大学院歯学研究科微生物学講座で、川端教授のもと病原レンサ球菌の病原性発現機構の研究に取り組んでまいりました。今回の受賞は、私の研究テーマの一つである「レンサ球菌の代謝と病原性」に関するものです。

受賞論文では、化膿レンサ球菌(溶連菌として知られる)におけるRNA-seq解析データを収集し、独立主成分分析(AIが使用する機械学習手法の一つ)を実施しました。これにより、化膿レンサ球菌の「モジュロン」(複数の転写制御因子や環境要因の影響で共に挙動する遺伝子群)を世界で初めて同定し、データベース(imodulondb.org)に公開しました。さらに、この結果から、「グルコース由来の多糖であるマルトースおよびデキストリンの利用が溶血毒素の発現に大きく影響する」という新たな知見を得ることができました。

「菌の代謝と病原性」の関連を探る研究は難しく、「代謝の有無で病原性が変化する」という段階で止まってしまうことが少なくありません。私は、その先のメカニズムを解明するため、常に試行錯誤を重ねています。しかし、こうした挑戦が私に最先端の科学に携わる機会を与えてくれています。今回の成果も、「モジュロン」という新たな概念を提唱した米国カリフォルニア大学サンディエゴ校情報工学部のPalsson研究室との共同研究により達成できました。また、化膿レンサ球菌の世界的流行の原因をその代謝能力の変化から探るため、豪州 クイーンズランド大学とも新たに共同研究を開始する予定です。

これらの経験を通じて、自分の興味を追求し、困難なテーマに挑めば、世界最先端の技術や知見に近づけることを学びました。若い研究者の皆様には、自分の興味を大切にしてもらい、難しい科学的な疑問に挑むことをお勧めします。ただし、こうした挑戦には、「支えてくれる環境」と「研究がうまくいかなかった時の責任は自分にあるという覚悟」が不可欠だと思います。今回の受賞対象となった研究ができたのも、ひとえに所属講座と学部の先生方のご支援のおかげです。この場を借りて、深く感謝申し上げます。

また、これまでご指導いただいた先生方、共同研究者の皆様、並びに歯科基礎医学会関係者の皆様にも、心より感謝申し上げます。


髙畑佳史先生

Smoc1 and Smoc2 regulate bone formation as downstream molecules of Runx2
髙畑 佳史 先生
大阪大学大学院歯学研究科 ゲノム編集技術開発ユニット

この度、第36回歯科基礎医学会学会奨励賞を受賞するという名誉ある栄誉をいただき、心より感謝申し上げます。まずは、私の研究を支えてくださった大阪大学大学院歯学研究科生化学講座の西村理行教授をはじめ、多くの方々のご指導とご支援に厚く御礼申し上げます。受賞は、私の研究が評価を受けた証であると同時に、さらなる努力と挑戦を続けるよう促していただけたものと受け止めています。幸運にも、今年度から大阪大学大学院歯学研究科でゲノム編集技術開発ユニットの独立研究者として活動を開始しました。私が取り組む、ゲノム編集技術とマウスジェネティクスを活用した疾患モデルマウスの解析研究は、歯科基礎医学において重要なテーマの1つであり、その発展に少しでも貢献できることを大変嬉しく思います。

西村教授の指導のもと、骨・軟骨・関節バイオロジー研究に取り組み、分子生物学的、生化学的手法による基礎研究だけでなく、新たな実験解析手法を身につけ、最新技術を自身の研究に取り入れて更新することの重要性を学びました。研究を進める過程で、多くの試行錯誤や壁に直面しましたが、その度に新たな視点やアイデアを見出せたのは、多くの研究室の構成員と活発に意見交換を行い、また最新の知見や技術を取り入れる努力を続けてきたからです。

今回の受賞対象となった論文では、骨形成に欠かせない転写因子Runx2の下流で機能するシグナル分子としてSmocファミリー遺伝子を同定しました。これまで、Runx2の下流で機能する遺伝子のノックアウトマウスを用いた骨表現系解析は行われてきましたが、Runx2ほど骨形成に重篤な影響を与える因子は見つかっていませんでした。今回Smoc1, Smoc2の両遺伝子をダブルノックアウトしたマウスを作製し、頭蓋骨と腓骨の形成が完全に阻害されることを発見し、骨形成への重要性を示すことができました。

今後もこの受賞を励みに、引き続き高い志を持ち、挑戦し続ける研究者として成長していけるよう努力を重ねます。新たな課題に果敢に挑戦しすることにより、歯科医学の基礎知識を深め、応用研究への橋渡しとなる成果を挙げられるよう精進して参ります。

最後に、この受賞に際して推薦をいただき、選考してくださった審査員の皆様に心より感謝申し上げます。この貴重な機会に感謝し、この喜びを胸に一層努力を重ねてまいります。


第24回(2024年度)歯科基礎医学会ライオン学術賞 受賞者

樋田京子先生

がん関連血栓症における腫瘍血管内皮細胞の役割の解明
樋田 京子 先生
北海道大学大学院歯学研究院口腔病態学分野 血管生物分子病理学教室

このたび、第24回歯科基礎医学会ライオン学術賞という栄誉ある賞を頂き、身に余る光栄と深く感謝申し上げます。理事長をはじめ、関係者の先生方に心より御礼申し上げます。

本研究「がん関連血栓症における腫瘍血管内皮細胞の役割の解明」が評価され、このような素晴らしい賞をいただけたことは、これまで支えてくださった多くの方々のおかげに他なりません。
私が本研究に取り組むきっかけは、腫瘍血管内皮細胞の特性が循環器疾患における血管炎症と多くの共通点を持つことに加え、炎症性血管が血栓形成を促進することに着目した点にあります。この視点から、がん患者の死因第2位であるがん関連血栓症の予防や治療に寄与したいという思いが生まれました。これまで、がん関連血栓症については主にがん細胞由来の因子の観点から研究が行われてきましたが、私たちは腫瘍血管内皮細胞に焦点を当て、その特性と血栓形成への関与を解析しました。本研究の特色は、血栓形成の現場である腫瘍血管内皮細胞の分子機序を解明し、それを基盤とした新しい診断法や治療法を提案する点にあります。この取り組みをご評価いただけたことを、大変嬉しく思います。

ここまで研究者として歩みを止めることなく進むことができたのは、多くの方々の支えがあってこそです。口腔外科時代の師匠である戸塚靖則先生、大学院時代にお世話になった口腔病理学教室の雨宮璋先生、向後隆男先生、直接研究をご指導いただいた進藤正信先生、さらに留学時代のボス、Michael Klagsbrun博士に深く感謝申し上げます。これらの先生方には、研究技術のみならず、リーダーとして必要な資質についても多くを学ばせていただきました。また、共同研究者の皆様のご支援、さらに、共に研究に励んできたスタッフや大学院生の皆様の努力と情熱が、研究の進展に欠かせないものであったことを強調したいと思います。

また、家庭面では、共同研究者でもあり支え合う存在でもある夫には、研究面やラボ運営に関する多くのディスカッションに協力してもらい、大いに助けられました。さらに、出張時に子供たちの面倒を見て支えてくれた両実家の両親の存在なくして、今の自分はなかったと思います。家族にもこの場を借りて心から感謝の思いを伝えたいと思います。

本研究はまだ道半ばであり、腫瘍血管内皮細胞因子を標的とした治療薬の開発や、新たな診断マーカーの臨床応用を目指し、さらに精進を続ける所存です。

最後になりますが、このような素晴らしい賞を設立し、研究者を励ましてくださる歯科基礎医学会およびライオン株式会社の皆様に、改めて心より御礼申し上げます。


溝口利英先生

硬組織修復を司る骨格幹細胞制御機構の全容解明
溝口 利英 先生
東京歯科大学 口腔科学研究センター

この度は、2024年度 歯科基礎医学会ライオン学術賞を賜り、心より感謝申し上げます。歯科基礎医学会 理事長 宇田川信之先生、選考委員の先生方、ご支援くださいました先生方、そしてライオン株式会社のご厚意に心よりお礼申し上げます。以下、私が骨代謝研究に携わってきた経緯と今後の目標について紹介させていただきます。

現在私は「骨代謝研究」を生業にしていますが、最初に取り組んだ研究は、東京薬科大学 分子細胞生物学教室の多賀谷光男先生の下で行った「細胞内小胞輸送」に関する内容でした。この学部の4年生から修士課程までにおける研究活動を通して、実験技術の基礎を学ぶことができました。2000年には、当時松本歯科大学歯科理工学講座の教授であった伊藤充雄先生に助手として採用していただき、生体材料に関する研究に取り組みました。この時期、松本歯科大学では研究施設の拡充が進められており、新潟大学から小澤英浩先生、昭和大学より高橋直之先生、宇田川信之先生といった骨代謝研究のエキスパートが着任され、現在の松本歯科大学総合歯科医学研究所の原型が確立されました。この時、骨代謝研究も併行して学びたいと懇願し、幸いなことに研究グループへの参加許可が下りました。この出来事が私の研究者人生における重要なターニングポイントであったことは言うまでもなく、破骨細胞前駆細胞に関する研究に取り組み、いくつかの成果を出すことができました。その後、2010年に米国Paul Frenetteラボから発表されたNature論文に感銘を受け、硬組織の維持に寄与する「骨格幹細胞」に興味を抱きました。そこで、Paul博士に博士研究員としての在籍を打診したところ、幸いなことに受け入れていただき、2011年から約2年半の間、Albert Einstein College of Medicineで骨格幹細胞研究の基礎を学ぶことができました。帰国後は再び松本歯科大学で研究活動を行い、2018年からは、東京歯科大学 口腔科学研究センターに籍を移し、引き続き骨格幹細胞研究を中心に取り組んでいます。また、口腔機能の維持と改善を目指した、全学的に推進する「東京歯科大学研究プロジェクト」の運営にも携わり、口腔科学研究センター客員教授の山口朗先生をはじめとした多くの諸先生方に助言をいただきつつ、微力ながら本学のさらなる研究活動の活性化に取り組んでいます。

さて、超高齢化社会の本邦において、日常生活を支障なく送ることができる「健康寿命」の延長は最重要課題であり、咀嚼機能および生体を支える硬組織の維持に繋がる新規治療法および予防法の開発は、健康寿命の大幅な延伸が期待できる重要な研究課題です。今後は以上の医療ニーズを実現するために、骨の発生、リモデリング、修復、および老化における骨格幹細胞の制御機構の理解をさらに深め、これを活用した硬組織維持を実現する基盤研究の確立に繋げ、その成果を本学会に反映させていただければと考えております。


第35回(2023年度)歯科基礎医学会学会奨励賞 受賞者

佐々木晴香先生

Melatonin MT2 receptor is expressed and potentiates contraction in human airway smooth muscle
佐々木晴香 先生
東北大学大学院歯学研究科歯科口腔麻酔学分野

この度は歯科基礎医学会 学会奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。また、選考委員の先生方、学会関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

私は学部学生時より東北大学歯学部歯科口腔麻酔学分野にて研究を続けています。臨床実習の中で、全身麻酔中に生じた喘息発作で患者さんが命の危機に瀕したことを目の当たりにしたことがきっかけで、気管支喘息の病態解明の研究を開始しました。

今回の受賞対象論文は、気管支喘息の悪化にかかわる因子、そして治療抵抗性の原因としてのメラトニンの影響を明らかにしたものです。気管支喘息の症状は深夜から早朝にかけて悪化しやすいことが知られていますが、その原因は明らかにされていません。私は、夜間喘息発作が頻発する時間帯に一致して血中濃度が最大になるホルモン「メラトニン」に着目し、喘息の病態との関連性を研究しました。その結果、2種類のメラトニン受容体のうち、メラトニンMT2受容体が気管平滑筋に発現していることを発見しました。そしてメラトニンは気管平滑筋上のメラトニンMT2受容体を介して気管平滑筋の収縮を増強させることで喘息発作を悪化させること、また喘息発作治療薬による気管平滑筋弛緩作用を減弱させることを明らかにしました。

今後の課題としては、気管支喘息の他病態である、気道粘液分泌、気道過敏性、気道炎症等におけるメラトニンの影響について研究を進めていく必要があると考えております。そして、基礎研究を通して新たな視点から喘息の病態を捉えることで、「喘息死ゼロ」に貢献できるよう、邁進していきたいと思っております。

最後になりますが、本研究を遂行するにあたりご指導下さいました水田健太郎教授、支えてくださった東北大学歯科麻酔科医局の先生方、日本大学の篠田雅路教授に心より感謝申し上げます。


High-Level Acquisition of Maternal Oral Bacteria in Formula-Fed Infant Oral Microbiota
影山伸哉 先生
九州大学大学院歯学研究院 口腔保健推進学講座 口腔予防医学分野

この度は第35回歯科基礎医学会学会奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。これまでご指導いただいた先生方、歯科基礎医学会関係者の先生方に心より感謝申し上げます。

私たちの口腔には膨大な数の細菌が生息しており、それらが複雑な微生物生態系を構築しています。私は大学院に進学して以来、この口腔細菌叢と健康について研究を進め、口腔細菌叢が口腔のみならず全身の健康にも関与することを報告してきました。その中で、口腔細菌叢の形成や成熟過程に興味を持ち、乳幼児期の口腔細菌叢についてのコホート研究を実施しました。

本受賞論文では、福岡市東区の4か月児健診を訪れた母子448組から採取した舌スワブサンプルを調べ、母親から乳児への口腔細菌伝播について調べました。その結果、生後4か月の段階でほとんどの乳児が母親由来の口腔細菌を獲得していることが明らかとなりました。また、母親由来細菌の構成割合は、母乳栄養児より人工乳栄養児で有意に高くなっており、母乳育児が乳児の口腔細菌叢の成熟を遅らせている可能性が示唆されました。

細菌叢解析の主流である16S rRNA遺伝子のショートリードシークエンスでは、16S rRNA遺伝子の1〜2 の可変領域の塩基配列を決定することで、各検体に含まれる細菌種を同定します。この手法は、菌種レベルでの細菌識別には十分であることが多いですが、さらに詳細な識別はできません。そのため、母親と同じ細菌種が乳児から検出されたとしても、それが本当に母親と同一の細菌なのか判断することができませんでした。そこで本受賞論文では、母親と乳児の口腔細菌共有を正確に評価するため、近年急激に発展してきたロングリードシークエンサー(PacBio Sequel II/IIe)とノイズ除去アルゴリズム(DADA2)を組み合わせ、16S rRNA遺伝子の全長を解析しました。この手法では、16S rRNA遺伝子に含まれる9つすべての可変領域の塩基配列を同定することができ、各検体に含まれる細菌を一塩基レベルで高解像度に識別することが可能となります。本受賞論文ではこの手法を世界で初めて母子の細菌叢解析に応用し、乳児が母親から実際に口腔細菌を獲得していることを明らかにしました。

一方で、母親の口腔細菌を早期に獲得することが「良いこと」なのか「悪いこと」なのかについては調べられていません。本受賞論文の対象者については現在も追跡研究を継続しており、母親由来細菌が口腔細菌叢確立や小児期の疾患発症に与える影響について今後検討していく予定です。


吉本尚平先生

αTAT1-induced tubulin acetylation promotes ameloblastoma migration and invasion
吉本尚平 先生
福岡歯科大学生体構造学講座病態構造学分野

この度は歯科基礎医学会 学会奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。

私は大学院時代、生化学教室にて基礎研究のいろはをトレーニングしていただきました。研究テーマが口腔扁平上皮癌やエナメル上皮腫であったことから、大学院終了後は病理学の教室に移り、現在まで研究を続けることができています。

病理学教室では日常業務の一つとして病理診断を行っています。診断業務により基礎研究にあてる時間が減ってしまうことは言うまでもありません。しかしそれ以上に、日々顕微鏡越しに目にする、病理組織標本から得られる小さな気づきから研究の着想に至ることが多く、非常に恩恵を感じています。また、病理学教室ならではの病理組織へのアクセスのよさ、組織染色実験へのハード面での障壁の少なさが、研究サイクルを回すにあたり大いに役立っています。

今回の受賞対象論文も、「固定された、スナップショットとも言える病理組織標本から、腫瘍の浸潤方向やその浸潤能を読み取ることは出来ないか」との考えで研究を進めたものでした。実験病理学研究の醍醐味である、病理組織標本と細胞株を用いて実際の腫瘍の中で起こっている事象を推定していくことが、多少なりとも出来たのではないかと思います。今後も病理ならではの視点で研究を進めることが出来ればと考えています。

最後になりましたが、大学院時代よりご指導いただいております平田雅人先生、森田浩光先生、病理学の指導をいただきました橋本修一先生、岡村和彦先生、研究協力をいただいている多くの先生方に心より感謝を申し上げます。


第34回(2022年度)歯科基礎医学会学会奨励賞 受賞者

奥舎有加先生

Extracellular Vesicles Enriched with Moonlighting Metalloproteinase Are Highly Transmissive, Pro-Tumorigenic, and Trans-Activates Cellular Communication Network Factor (CCN2/CTGF): CRISPR against Cancer.
奥舎 有加 先生
ハーバード医学大学院ベスイスラエル・ディーコネス医療センター

この度は歯科基礎医学会 学会奨励賞を賜りましたことを大変光栄に存じます。これまでご指導頂いた先生方、共同研究者の先生方、歯科基礎医学会関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

私は歯学部を卒業後、臨床に従事していましたが大学院時代の研究生活にはまってしまい、いつの間にか臨床用のパリッとした白衣よりも、ラットの匂いが染み付いてクタクタになった白衣の方が自分的にしっくりくるようになりました。その後は他財団の海外留学リサーチフェローの獲得を機に、家族4人で渡米しました。現在はJSPS海外特別研究員としてハーバード大学関連病院でポスドクをしています。

今回の受賞対象論文は、本来細胞外で働くと考えられていた細胞外マトリックス分解酵素MMP3について、核内およびエクソソームを含む細胞外小胞における新機能を明らかにした論文です。高転移性癌細胞が放出する細胞外小胞中のMMP3はin vivo腫瘍形成能を増加させ、レシピエント細胞の核内に取り込まれる事で癌関連遺伝子発現を誘導することが明らかになりました。不均一な細胞集団を構成する癌細胞由来の細胞外小胞におけるMMP3機能解析は、癌転移メカニズムの解明に繋がるだけでなく、細胞外小胞を介した細胞間コミュニケーション機構の解明に繋がることが期待されます。

これまで研究者としてのキャリアは短い中でも、研究面、経済面、心理的側面で困難とも言える様々な事に直面した時、声をかけてくれたり具体的に力になってくれたのは歯学部関係の先生方でした。今後もし同じように悩んでいる後輩がいたら、先輩方のように私ができることはしていきたいと思います。また先日、歴代の受賞者を拝見する機会がありました。私が研究者として非常に尊敬している多くの先輩方や、すでに研究をリードされている現役バリバリの研究者の方々など、沢山の方々が受賞されており、私自身も帰国後はボストンで得られた経験を生かし、身の引き締まる思いで基礎医学の進歩に貢献していきたいと存じます。


YAP signaling induces PIEZO1 to promote oral squamous cell carcinoma cell proliferation
長谷川 佳那 先生
九州大学大学院歯学研究院口腔顎顔面病態学講座口腔病理学分野

この度は、名誉ある第34回歯科基礎医学会学会奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。また、歯科基礎医学会 井上富雄理事長をはじめ、選考に携わられた先生方および学会関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

私は、大学院入学時より当口腔病理学分野にて研究を続けてきました。大学院生時には、主に歯胚発生および基質形成に関与する因子の発現様式やその機能解析を行いました。大学院修了後、口腔扁平上皮癌における、腫瘍形成の分子基盤を解明することをテーマに研究を進めています。これまで、口腔扁平上皮癌には治療標的となる遺伝子異常がほとんどないことが報告されています。そこで、私共は異常に活性化したシグナル伝達経路が口腔扁平上皮癌の腫瘍形成に関与するのではないかと仮説を立て、異常活性化したシグナル伝達経路とその責任分子の同定を試みています。

今回の受賞対象論文では、口腔扁平上皮癌において異常に活性化したYAPシグナルが機械感受性Caイオンチャネルの発現制御を介して口腔扁平上皮癌細胞の細胞増殖を促進することを明らかにしました。具体的には、浮遊培養法およびクロマチン免疫沈降法により、YAPシグナルが機械感受性CaイオンチャネルPIEZO1の発現を制御すること、複数のOSCC細胞株におけるPIEZO1の高発現はアゴニスト依存的カルシウムイオンの細胞内流入に必要であること、加えて、三次元培養法にてPIEZO1がYAPシグナルの下流でOSCC細胞の増殖を制御することを見出しました。さらに、ヒトOSCC病理組織標本では腫瘍部に高頻度でYAPが核内に発現し、PIEZO1ならびにKi-67と高頻度に共局在していることを示しました。

私共はこれまでに、口腔扁平上皮癌におけるCaイオンチャネルであるPIEZO1またはTRPV4を介した新たな腫瘍形成機構を見出しました。これらの研究結果から、口腔癌においてCaチャネルを介した異常なシグナル伝達の活性化は新たな治療標的となりうると考えています。今後、口腔癌の新規治療法開発の一助となるよう、さらに研究を進めていきたいと考えています。

最後になりましたが、本研究に際し、ご指導いただきました九州大学大学院歯学研究院 口腔顎顔面病態学講座 口腔病理学分野 清島保教授、藤井慎介講師、ならびに研究協力をいただいた先生方に心より感謝申し上げます。


斉藤まり先生

Osseointegration revealed by nano-scale direct bonding between zirconia and apatite
斉藤 まり 先生
鶴見大学歯学部分子生化学講座

第34回歯科基礎医学会学会奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。ご指導・アドバイスいただいた諸先生方に厚く御礼申し上げます。

私は鶴見大学歯学部分子生化学講座にて、歯科医師としての視点から生化学と材料科学を融合した多角的アプローチによる歯周組織再生と、それを応用した新規インプラントの創製研究に取り組んでいます。

受賞論文では、次世代歯科インプラント材として有望なセリア安定化ジルコニア(Ce-TZP)のオッセオインテグレーション能を、in vitroから推測しています。従来、生体内でのジルコニアと骨の結合には、材料表面へアパタイト形成を誘導する化学的処理が必要とされていました。私はこの常識に疑問を持ち、アパタイトとCe-TZPとの結合様式を透過型電子顕微鏡により検証しました。 まず、化学的未処理のCe-TZP基板上で細胞を石灰化誘導し、細胞・石灰化物・Ce-TZPが一体の薄片を作製し、石灰化物-基板界面の結合様式と石灰化物の組成を解明しました。その結果、観察された細胞産生アパタイト結晶が、Ce-TZP中のジルコニア結晶と分子レベルで直接結合していることを初めて発見しました。更に、同アパタイト結晶は繊維状と薄板状形態が混在・融合した多結晶であり、平均Ca/Pモル比は1.42程度で、骨アパタイトの特徴と一致していました。これらは、Ce-TZPが生体内で骨アパタイトと直接結合し、強いオッセオインテグレーション能を発揮することを示唆しています。 骨類似アパタイトとCe-TZPの分子レベルでの直接結合は、ジルコニアがチタンと同様の生体活性材料であることを明確に示し、インプラント材としての有用性を証明しました。

今回の発見は、ほんの些細な気づきが発端となり得られた成果です。ジルコニアを扱い始めた大学院生の頃は予算がなく、基板を別の実験で再利用していました。実験後のチタンとジルコニア基板表面の形成物(細胞層と石灰化物層)をエタノール浸潤させたキムワイプで拭き取っていた時、チタン上の形成物は膜状に容易に剥離する一方、ジルコニア上形成物は剥離が困難で断片状に破砕することに違和感を覚えました。また、石灰化誘導後の基板をアリザリン染色した際、チタン表面は染色に濃淡が生じ、ジルコニア表面は一様に染色される違いが見られたことからも接着能の違いを感じ、「チタンとジルコニアではオッセオインテグレーション能が本質的に異なるのではないか?」という疑問に発展しました。 チタンと骨とのオッセオインテグレーションが有機物層を介することは広く知られていますが、ジルコニア界面ではアパタイトとの結合様式がチタンと大きく異なると予測し、外部予算獲得後に本格的な研究実施に至り今回の成果が得られました。些細な気づきが大きな発見に繋がると言われますが、それを実体験できたことは、研究者としての貴重な財産と考えています。


第22回(2022年度)歯科基礎医学会ライオン学術賞 受賞者

加藤隆史先生

睡眠時ブラキシズムの病態生理機構の解明
加藤 隆史 先生
大阪大学大学院歯学研究科 口腔生理学教室

この度は名誉あるライオン学術賞を賜り、大変光栄に存じます。歯科基礎医学会 井上富雄理事長、選考委員の先生方や学会界関係者の皆様、ならびにライオン株式会社様に、心より御礼申し上げます。

私は大阪大学歯学部を卒業後、口腔生理学教室に入局し、森本俊文先生から咀嚼力調節に重要なセンサーである咀嚼筋筋感覚ニューロンの分類をいうテーマを頂きました。朝から準備して夜中までデータを取る、徹夜も当たり前というin vivoの動物実験に精を出しておりました。その最中開催された国際シンポジウムで、睡眠時ブラキシズムの患者が歯ぎしりをするビデオを初めて見ました。当時、咀嚼力の神経制御の研究の一端を担っていた私にとって、「歯ぎしり」は考えられない異常な運動であると非常に驚き、同時に興味を持ちました。そこで、学位取得後、そのプレゼンされたカナダ・モントリオール大学のGilles Lavigne先生のもとで、5年間、ヒトの睡眠研究に没頭しました。ヒトの睡眠の研究ですから、夜勤という形でデータを取る日々を送った結果、歯ぎしりの発生にMicro-arousalが重要であることを明らかにできました。

歯科医療において睡眠時ブラキシズムは大きな問題にもかかわらず、病態生理やメカニズムに関する研究は極めて少ないのが現状です。そこで、ヒトを用いた生理学的な知見を実験動物で再現して基礎的なメカニズムを解明することが必要であると考えました。そこで、帰国後に着任した松本歯科大学では、睡眠時ブラキシズムの動物モデルの開発をめざして睡眠研究を開始しました。さらに、研究の場を大阪大学に移してからは、動物実験に加えて、ヒトの睡眠を記録する生理学研究も進めました。その結果、ヒトの睡眠時ブラキシズムにおける睡眠構築に特異な差があることや、睡眠中の咀嚼筋活動は過緊張ではないこと、さらに小児において歯ぎしりの生理特性を明らかにしました。一方、動物実験では、実験動物の睡眠中に咀嚼筋が活動し、ノンレム睡眠とレム睡眠ではその活動特性が異なること、弱い歯ぎしり様の咀嚼筋活動がヒトの歯ぎしりの特性と類似することがわかりました。さらに、脳内の電気刺激によって、睡眠中に咀嚼様の筋活動を誘発できることや、麻酔深度の変動に合わせて咀嚼や歯ぎしり様の筋活動が自発的に発現する知見も得ました。しかし、睡眠時ブラキシズムの病態生理機構の解明にはまだほど遠い状況です。

ここまで、多くの先生方のご協力があって、研究を継続できました。今後も試行錯誤が続くかもしれませんが、ヒトと動物の実験成果を統合的に理解しながら、睡眠時ブラキシズムの病態生理機構の解明に向けて粘り強く研究を進めたいと思います。


第33回(令和3(2021)年度)歯科基礎医学会学会奨励賞 受賞者

大野雄太先生

Arginase 1 is involved in lacrimal hyposecretion in male NOD mice, a model of Sjögren's syndrome, regardless of dacryoadenitis status.
大野 雄太 先生
朝日大学歯学部歯科薬理学分野

このたびは名誉ある歯科基礎医学会学会奨励賞を賜り、大変光栄に思います。

私の基礎研究のスタートは薬学部です。岐阜薬科大学の学部生時に研究室配属され、網膜に関する基礎研究を行いました。大学卒業後は岐阜大学医学部附属病院薬剤部にて薬剤師業務と並行して、薬物血中濃度モニタリングの臨床研究を行っておりました。さらに獨協医科大学と千葉大学医学部に出向してトランスポーターの基礎研究に従事しました。これらの背景を元に、朝日大学歯学部に赴任後は唾液腺や涙腺といった外分泌腺の研究を開始しました。

今回の受賞対象本論文は、シェーグレン症候群における外分泌機能低下の原因を新たな視点から探索したものです。シェーグレン症候群は、これまで主に炎症の視点から研究されていました。しかし、根本的治療法は確立されておらず、わが国では難病に指定されています。そこで私はこれまでの視点を変えて炎症以外の因子に着目し、シェーグレン症候群モデル動物(雄性NODマウス)の涙腺を用いて外分泌能低下機序の解明に取り組みました。涙液分泌低下・涙腺炎の発症前後の涙腺を用いて網羅的遺伝子発現解析(RNA-seq)を行いました。その結果、多くの炎症性の遺伝子が発症後に上昇したのに対し、4つの遺伝子のみが発症後に低下していることを発見しました。この4つの中から、非炎症性の因子として代謝酵素であるアルギナーゼ1に着目しました。さらに、NODマウスにおいて自然免疫に関わる遺伝子をノックアウトしたマウスは涙腺炎が大幅に抑制されているにも関わらず、涙腺のアルギナーゼ1発現量は低く、また涙液分泌も低下したままでした。さらに、涙液分泌が正常なマウスにアルギナーゼ1阻害薬を投与すると涙液分泌が低下していました。よって、非炎症性因子であるアルギナーゼ1の低下が、涙腺炎の有無に関わらず、雄性NODマウスの涙液分泌機能低下を引き起こすと結論付けました。また最後の阻害薬を用いた実験で、同時に唾液分泌もやや低下したことから、アルギナーゼ1が唾液分泌にも関与すると考えております。
現在はこのアルギナーゼ1がどのような機序で涙液・唾液分泌に働くのかについて研究を進めているところです。本研究を強力に推し進め、シェーグレン症候群の外分泌障害の新たな治療薬の開発に繋げていきたいと考えています。

最後に、本研究を遂行するにあたりご指導くださいました佐藤慶太郎先生、設楽彰子先生、引頭毅先生、柏俣正典先生に感謝申し上げます。また、歯科基礎医学会学術大会で優しく教えて下さいました全ての先生方に心より感謝を申し上げます。


平山悟先生

Glycine significantly enhances bacterial membrane vesicle production: a powerful approach for isolation of LPS-reduced membrane vesicles of probiotic Escherichia coli
平山 悟 先生
新潟大学大学院医歯学総合研究科 微生物感染症学分野

この度は第33回 歯科基礎医学会 学会奨励賞を賜り、大変光栄に感じております。

私は微生物を対象にした研究を続けてきましたが、元々は食品や農学の分野の出身であり、乳酸菌や酵母をはじめ発酵に関与する微生物を扱っていました。その後、国立感染症研究所に勤め、歯周病原細菌のような口腔細菌や病原微生物を扱うようになりました。現在は、口腔にも関連のある肺炎球菌を中心に研究を行っております。

国立感染症研究所で行っていた研究の一つが、メンブレンベシクル(以下ベシクル)と呼ばれる細菌の膜小胞を対象にしたものでした。グラム陰性菌・陽性菌に関わらず、細菌は数十から数百ナノメートルのベシクルを細胞外に放出します。ベシクルは細菌の細胞膜に由来する脂質や膜タンパク質、リポ多糖などから構成され、内部には核酸や酵素、シグナル分子や毒素などを含んでいます。細菌細胞由来の様々な物質が含まれていることから、新たなワクチン抗原への応用などが期待されています。

ベシクルの産生量は細菌の種や株によって様々で、収量が少ないとその後の研究や応用を進める上での障壁となります。本研究では、大腸菌の培養時にグリシンを添加することによって、ベシクルの収量を最大で70倍に増加できることを見出しました。大腸菌は、今後の応用性を見据えて、プロバイオティクスとして用いられている株を使用しました。グリシンによって誘導した大腸菌のベシクルには、タンパク質組成の変化や、リポ多糖の活性の減少が認められました。それにもかかわらず、サイトカインの誘導や抗体産生のような免疫誘導能、およびアジュバント活性といった機能性をグリシン誘導ベシクルは有しており、それらが非誘導ベシクルと同等であることを示しました。後に、このアジュバント活性を利用して、歯周病原細菌のベシクルとともに大腸菌のベシクルをマウスに併用接種し、歯周病原細菌に対する抗体産生を誘導することにも成功しています。細菌のベシクルは様々な分野で応用できる可能性があり、グリシンによる細菌ベシクル誘導法は、その可能性を広げるものになると考えています。

国立感染症研究所の中尾龍馬先生には、本研究で大変お世話になりました。また、学会奨励賞の受賞に向けて後押ししてくださいました新潟大学の寺尾豊先生や,土門久哲先生をはじめ、ご協力いただきました先生方に心より御礼申し上げます。


前川知樹先生

Erythromycin inhibits neutrophilic inflammation and mucosal disease by upregulating DEL-1
前川 知樹 先生
新潟大学大学院医歯学総合研究科高度口腔機能教育研究センター

-DEL-1を介したエリスロマイシンの抗炎症メカニズム解明-と題し,歯科基礎医学会の学会奨励賞を受賞いたしました新潟大学大学院 医歯学総合研究科 高度口腔機能教育研究センターの前川知樹と申します。受賞課題となりましたDEL-1ですが,生体内において多機能をもつ分子です。

私が米国ペンシルベニア大学に留学中であった2014年頃から開始した研究でした。当時は,DEL-1がもつ骨吸収抑制と好中球の過度な遊走を制御する機能に着目しており,DEL-1の効果をマウス・サルを用いたモデルにて解明してきました(Maekawa T, Nat Commun 2015, Shin J, Maekawa T, Sci Transl Med, 2015)。

2015年に日本に戻り,同大学病院の歯周病診療室にて歯周病治療をしていた際にエリスロマイシン(実際の治療はアジスロマイシンでしたが)を処方すると,次の受診時に強い抗炎症効果と歯肉を引き締める効果があることに気付きました。色々と文献を検索してもその効果に直結する報告はありませんでした。その頃の私は,同大学院微生物感染症学分野(寺尾 豊 教授主催)での研究も行っておりまして,肺炎の研究にも取り組んでいました。その際に慢性閉塞性肺疾患(COPD)において抗炎症作用があるマクロライド系抗菌薬が頻用されていることがわかりました。そこで私は,歯周炎と肺炎が同じヒトの粘膜疾患であること,マクロライドおよびDEL-1に共通して炎症を抑制する機能があることに着目しました。実際にマクロライドを投与してみると歯肉と肺でDEL-1が上昇することを発見し,誘導されたDEL-1が歯周炎と肺炎を抑制することをマウス肺および歯周炎疾患モデルで確認しました。興味深いことにこれらエリスロマイシンによる抑制効果は,DEL-1欠損マウスでは起きなかったことから,エリスロマイシンによる抗炎症および骨吸収抑制作用はDEL-1依存的であることが明らかとなりました。さらに,DEL-1産生細胞を用いた実験によりエリスロマイシンのDEL-1誘導経路を見出すことができました。これにより,DEL-1を直接投与することなくエリスロマイシンの投与で誘導が可能になったわけです。私たちは並行してDEL-1骨再生への効果を検証しました。するとDEL-1欠損マウスでは骨の再生が認めらなかったため,新しくDEL-1の骨再生の効果を見出すことができました。受賞論文の成果から,マクロライド系抗菌薬によるDEL-1誘導による骨吸収抑制・好中球抑制・炎症寛解促進および骨再生や肺の組織再生が可能な創薬の道筋が見えてきたところです。これまで行ってきたDEL-1に関する基礎研究と実際の臨床での知見を結びつけたことからスタートした研究だったと考えています。


第21回(令和3(2021)年度)歯科基礎医学会ライオン学術賞 受賞者

依田浩子先生

細胞内外環境による硬組織形成細胞の分化誘導機構の解明
依田 浩子 先生
新潟大学大学院医歯学総合研究科 硬組織形態学分野

この度は名誉あるライオン学術賞を賜り、大変光栄に存じます。歯科基礎医学会 井上富雄理事長、選考委員の先生方ならびに学会関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

私は大学卒業後、小児歯科臨床に従事しておりましたが、日常臨床を通して歯の発育や萌出、それらの異常をきたすメカニズムに興味を持ち、口腔病理学分野の朔 敬先生のご指導の下で基礎研究を開始しました。臨床、教育、研究と病理診断業務の同時進行でとても目まぐるしい毎日でしたが、ひとつずつ真摯に向き合い、着実に結果を積み重ねてきたことが、私の研究者としての基盤となっていると改めて実感しています。7編の論文をまとめた総説 (Pathogenetic background for disturbed tooth eruption) により学位を取得後、アメリカNIDCRのYoshihiko Yamada先生のラボに留学する機会に恵まれたことも、研究マインドが刺激される貴重なきっかけとなりました。

研究内容は、細胞外および細胞内環境と細胞分化との関連性に焦点を当てて、歯を主体とする硬組織形成細胞の分化誘導機構の解明を目的に研究を進めてきました。「細胞外環境」については、主要な細胞外基質であるプロテオグリカンに着目し、へパラン硫酸プロテオグリカン、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの機能について、それらの遺伝子改変マウスを用いて解析してきました。その結果、歯や頭蓋顔面の形態形成にプロテオグリカンが深く関与し、それらの発現異常により形態異常や骨形成不全症などの病態を呈することを明らかにしました。
「細胞内環境」については、細胞内エネルギー代謝の主軸である糖代謝について、その調節機構や代謝異常と歯、骨、軟骨形成との関連性について、グルコースの取り込み調節機構、グリコーゲン代謝、オートファジー調節と細胞動態などに焦点を当てて研究を進めています。特に主体的に解析している歯に関しては、エナメル質形成過程でエナメル上皮細胞の糖代謝様式が時期特異的に厳密に制御されていることを見出し、その異常によりエナメル質形成不全が生じることを示しました。今後はそれら細胞内外環境の影響を統合的に理解し、硬組織疾患の病態解明と予防、硬組織再生医療への応用までを視野に入れて研究を進めていきたいと考えています。

最後になりますが、研究者としての基礎を親身かつ厳しくご指導くださった恩師の朔 敬先生、研究遂行に多大なるご協力をいただいた当分野の大島勇人先生および教室員の皆様、共同研究者の先生方に心より感謝申し上げます。今後は歯科基礎医学分野の若手研究者の育成にも貢献できるよう、更なる努力を重ねてまいる所存です。


篠田雅路先生

口腔顔面痛メカニズムの解明
篠田 雅路 先生
日本大学歯学部生理学講座

この度は、第21回歯科基礎医学会ライオン学術賞を賜り、大変光栄に存じます。ライオン株式会社様および歯科基礎医学会井上富雄理事長をはじめ、関連する皆様には心より感謝申し上げます。

大学院に入学した当時、指導教授であった名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座の杉浦康夫先生に、「みんな歯が痛くて歯医者に行くのに、歯医者が“痛み”を知らなくてどうするんだ。頑張って“痛み”を研究しなさい」と言われたのが、私が“痛み”の基礎研究を始めたきっかけでした。それ以来、私は一貫して“痛み”をテーマとして研究を続けてきました。大学院修了後は同講座助手のポストをいただき、そのまま“痛み”の基礎研究を続けることになりました。その後、疼痛研究の大御所であるUniversity of PittsburghのProf. Gebhartのラボへ留学する機会を得て、渡米しました。そして、3年3カ月のアメリカ生活ののち、縁あって日本大学歯学部生理学講座に赴任し、現在に至ります。

日本大学歯学部赴任後は、特に「口腔顔面痛」にターゲットを絞って研究しています。歯科医師は、歯痛や顎関節痛といった「口腔顔面痛」を毎日治療していると言っても過言ではありません。多くの口腔顔面痛に対しては消炎鎮痛薬が奏功しますが、しばしばコントロールが難しい口腔顔面痛に遭遇します。私は、このような難治性口腔顔面痛に対する新規治療法開発の基盤となる発症メカニズムの解明に向けて研究を進めています。2011年には顎口腔顔面領域に発症する異所性異常疼痛発症に対するNerve growth factorの役割を解明し、第24回歯科基礎医学会賞を受賞しました。最近では、三叉神経節のサテライト細胞やマクロファージがさまざまな液性因子を介して口腔顔面領域に投射する侵害受容ニューロンの興奮性を調節していることや、舌痛症に対するArteminの関与や舌癌性疼痛に対するEndothelinの役割を解明しました。

近年、Top journalに掲載されるような研究をするためには、さまざまな研究手法を駆使した多くのデータが必要となっています。そのため、個人で実験を進めるスタイルでは通用しなくなってきています。今後は、講座間、大学間の垣根を越えて、多数の研究者と交流して共同研究を進めたいと考えています。当講座のウェブサイト (http://www2.dent.nihon-u.ac.jp/g.physiology/)をご覧いただき、もし私どもとの共同研究にご興味がありましたら、ご一報いただけると幸いです。


第32回(令和2(2020)年度)歯科基礎医学会学会奨励賞 受賞者

笹清人先生

Monocarboxylate transporter-1 promotes osteoblast differentiation via suppression of p53, a negative regulator of osteoblast differentiation
笹 清人 先生
昭和大学歯学部口腔生化学講座

この度は歯科基礎医学会 学会奨励賞を賜りましたことを大変光栄に存じます。

私は、岩手医科大学に在学していた当時より「骨代謝」に興味を持ち、大学卒業後、博士課程より昭和大学歯学部口腔生化学講座の上條教授の研究室の門を叩き、現在に至ります。

私は当講座の大学院に入学以来、一貫して「骨代謝疾患に対しての新規標的因子の発見」というテーマを掲げ研究を行ってきました。その一環として本研究では、カルボキシ基を1つ持つモノカルボン酸(乳酸、ピルビン酸、ケトン体)とプロトン(H+)を細胞内外へ共輸送するモノカルボン酸トランスポーター1(MCT1)が骨基質を形成する骨芽細胞の分化における機能について解析を行いました。MCTはエネルギーに依存せずに濃度勾配などに従い輸送するSolute Carrier(SLC)トランスポーターに属し、現在14種類のサブタイプが同定されています。その中でMCT1は、ほぼすべての組織に発現し、細胞では細胞膜、ミトコンドリア内膜に発現する輸送担体です。このMCT1によるモノカルボン酸の輸送が癌抑制遺伝子として有名であり、骨芽細胞分化抑制因子でもあるp53の遺伝子発現の促進と活性化を介し、骨芽細胞分化を正に制御することを発見しました。MCT1を介した乳酸輸送はこれまで筋肉細胞や神経細胞でエネルギー代謝に関わることが知られていました。しかしながら、骨構成細胞の分化および機能を制御することは新しい発見であり、このMCT1によるモノカルボン酸輸送が、骨代謝疾患における新規標的因子としてMCT1を提唱する根拠になると言えます。現在、「破骨細胞の分化や間葉系幹細胞の分化の振り分け機構におけるMCTの役割の解明」について研究を進めています。今後、より詳細なメカニズムを解析し、臨床応用まで繋げられるように研究を行っていきたいと考えています。

本研究に直接ご指導いただきました当講座の上條竜太郎教授と吉村健太郎講師そして本研究に携わっていただきました多くの先生方と関係者の方々にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。


片瀬直樹先生

5-HT2A receptor activation enhances NMDA receptor-mediated glutamate responses through Src kinase in the dendrites of rat jaw-closing motoneurons.
壇辻 昌典 先生
昭和大学歯学部口腔生理学講座

この度は第32回歯科基礎医学会 学会奨励賞を賜りましたことを大変光栄に存じます。

私は大学院時代にインプラント歯科学講座を専攻し、口腔生理学講座で研究を行いました。井上富雄教授の妥協を許さない指導の下、苦労もしましたがそれ以上に研究の楽しさを教えていただきました。次第に研究への興味が強くなり、現在も口腔生理学講座で研究を行っています。

私たちの教室では咀嚼や嚥下を制御する脳のメカニズム解明を目標にし、その中で私はセロトニン(5-HT)と顎運動との関連について研究を行っています。神経伝達物質の一つである5-HTは運動機能を調節することが知られており、顎運動にも関与する可能性があります。本論文は、5-HTが咬筋を支配する咬筋運動ニューロン樹状突起上の5-HT2A受容体を活性化し、細胞内シグナルであるSrcを介してNMDA受容体のサブユニットGluN2Aをリン酸化することで、グルタミン酸応答を増強することを明らかにしました。さらに、高度な空間分解能を有する2光子励起レーザー顕微鏡を用いて,樹状突起の微小領域に誘発されたグルタミン酸応答は,5-HTを近傍に微小投与すると増強しますが、離れた部位の投与では変化がなく,5-HTによるグルタミン酸応答の増強には、グルタミン酸受容体とその近傍の5-HT2A受容体の両方の活性化が必要であることを明らかにしました。この増強効果は閉口筋に広い範囲で発生する張力の調節に関与すると考えられます。しかし、セロトニン神経は脳全体に投射し、その受容体は多くの種類を持つことから5-HTによる顎運動への関連性や役割はまだまだ不明な点が多いです。そこで現在は、光遺伝学を用いてセロトニン神経と咀嚼運動の関連性を明らかにすることを目的に研究を行っています。

最後になりましたが、本研究に際し、ご指導頂きました井上富雄教授、中村史朗先生、中山希世美先生、望月文子先生、ならびに研究協力いただいた先生方に心より感謝申し上げます。


塚崎雅之先生

Three-dimensional ultrastructure of osteocytes assessed by focused ion beam-scanning electron microscopy (FIB-SEM).
長谷川 智香 先生
北海道大学大学院歯学研究院 硬組織発生生物学教室

この度、第32回歯科基礎医学会学会奨励賞という名誉を与えてくださいました歯科基礎医学会 井上富雄理事長、ならびに、本学会に関連する皆様に心よりお礼申し上げます。

私は、母校北海道大学で臨床研修を終了した後、当時本学に着任して間もない網塚憲生教授が主宰された硬組織発生生物学教室にて大学院生活を始めました。「歯科臨床をきちんと行うために問題解決能力を養いたい。そのためには、大学院の4年間は基礎系教室でしっかり研究しよう」と考えて始めたはずが、気が付けば早10年以上が経過し、現在に至ります。

網塚教授の元で、全身/局所リン調節因子の遺伝子改変動物を用いた骨基質石灰化/異所性石灰化メカニズムの解析や、各種骨粗鬆症治療の作用メカニズムに関する解析など、骨代謝・石灰化組織研究を続けてまいりましたが、これら研究は、一貫して顕微解剖学的解析を主体としています。すなわち、従来の光学顕微鏡や透過型電子顕微鏡による解析はもちろんのこと、EPMA/EDXによる元素マッピングや誘導放出抑制顕微鏡などの超解像共焦点顕微鏡解析、理工学領域で用いられる同位体顕微鏡・原子間力顕微鏡の生物試料応用など、観るための解析機器をフル活用し、「生体内の構造を的確に捉え、表現すること」を第一としています。

今回の受賞対象論文は、FIB-SEMという工業系試料の加工や分析に用いられていた解析機器を生物応用するため、最適な試料作成・観察法を確立した上で、骨基質内に局在する骨細胞の複雑な三次元ネットワーク構造を透過型電子顕微鏡レベルの解像度で明らかにしております。近年、骨細胞は、骨代謝調節・維持に重要な役割を担っていることが報告されておりますが、我々の先行研究から、これら骨細胞機能とネットワーク構造には密接な関連があることがわかってきました。骨細胞ネットワークの三次元微細構造解析は、骨細胞機能解明の一助として有用であろうとの思いから行った研究でしたが、今回、このような栄誉ある賞を頂戴いただけるとは思っておらず、大変光栄に感じております。

私を始め当教室員が研究を遂行する上で常日頃大切にしている教えに、網塚教授の恩師、小澤英浩名誉教授から続く「Beauty is truth, truth beauty 真実とは美しいものである」がございます。様々な顕微解析機器を用いて、体の構造を精確に捉えた所見は美しく、それら美しい所見は多くの真実を物語ります。駆け出しの形態学者として、この教えを忘れることなく、今後も精進を続けてまいりたいと思います。

最後になりますが、この場をお借りしてご指導を賜りました網塚憲生教授、ともに切磋琢磨してくださる硬組織発生生物学教室の皆様、そして研究協力を頂いた先生方皆様に心より感謝申し上げます。


塚崎雅之先生

Origin and development of septoclasts in endochondral ossification of mice.
坂東 康彦 先生
明海大学歯学部形態機能生育学講座解剖学分野

このたびは名誉ある歯科基礎医学会学会奨励賞を賜り、光栄に存じます。

受賞論文はseptoclast(セプトクラスト)という細胞の発生と軟骨内骨化における役割について明らかにしたものです。septoclastは先行論文が少なく、未解明の点の多い細胞です。septoclastは長管骨骨端板直下の骨軟骨境界部の毛細血管に隣在し、骨端板の非石灰化軟骨基質を有機質分解酵素により融解し、軟骨小腔を露出させる働きをします。それにより退縮した肥大軟骨細胞が破軟骨細胞(破骨細胞)に吸収されます(Lee et al., J Histochem. Cytochem. 1995)。

私の大学院における学位研究では天野修教授の御指導の下、マウス脛骨骨端板骨軟骨境界部でseptoclastに表皮型脂肪酸結合タンパク(E-FABP)が特異的に発現することを見出し、E-FABPが長鎖脂肪酸の代謝とPPARβ/ẟを介するシグナル伝達に関与することが示唆されました (Bando et al., J. Mol. Hist. 2014)。続いて、septoclastに発現するE-FABPが、レチノイン酸の細胞増殖シグナル伝達にも関与することを見出しました。レチノイン酸過剰マウスにおいてはseptoclastにRARβを介したアポトーシスが誘導され、ビタミンA(レチノイン酸)欠乏マウスにおいてはseptoclast にCD-RAPを介する縮小化と増殖抑制が誘導され、レチノイン酸欠乏/過剰栄養下の長管骨の形態異常とseptoclastの軟骨吸収能の低下の関連が示唆されました(Bando et al., Histochem. Cell Biol. 2017)。

軟骨内骨化では軟骨原基に血管が侵入し軟骨が吸収されそこに一次骨化中心が形成されますが、本研究において、septoclastが原基軟骨の非石灰化基質の吸収に関与していることをE-FABPをseptoclastのマーカーとして用い明らかにしました。また、septoclastは同じ貪食細胞である単球マクロファージや隣接する血管内皮細胞とは由来を異にするということは知られていましたが、その由来は長い間未知でした。本研究において、血管が軟骨原基に侵入する直前にseptoclastが毛細血管周囲の周皮細胞(ペリサイト)から分化することを明らかにしました(受賞論文, Bando et al., Histochem. Cell Biol. 2018)。現在はseptoclastの脂肪酸/レチノイン酸摂取の骨組織における役割と、ペリサイトからseptoclastへの分化機構を明らかにしたいと考え、研究を行っております。

最後になりますが、研究遂行にあたり、学位研究以来直接御指導頂いております天野修明海大学歯学部解剖学分野教授をはじめ、FABP抗体の御供与を頂いております大和田祐二東北大学教授、近藤尚武東北大学名誉教授、井関尚一公立小松大学教授、そのほか多くの先生方より御指導を頂いております。心より感謝申し上げます。

受賞の場を与えて頂きました、井上富雄理事長をはじめ歯科基礎医学会関係者の方々に厚く御礼を申し上げます。今後も歯科基礎医学会に発表の機会を与えて頂ければ幸いに存じます。


第19回(令和元(2019)年度)歯科基礎医学会ライオン学術賞 受賞者

美島健二先生

唾液分泌障害の新規治療法の開発
美島 健二 先生
昭和大学歯学部口腔病態診断科学講座口腔病理学部門

私が唾液腺の再生研究を始めたのは、今から19年前の2001年に遡ります。当時所属していた徳島大学歯学部口腔病理学講座の林良夫前教授から「美島、ES細胞から唾液腺造ってみろよ」という一言がきっかけでした。その頃は日本再生医療学会が立ち上がったばかりで、早速入会し情報を集めようと活動を開始しました。運良く留学先が同じNIHの神田靖士先生(現在、関西医科大学衛生・公衆衛生学講座准教授)が帰国されておられ、 関西医科大学でES細胞の研究を始めたことを耳にしました。そこで、大阪の実家から近かったこともあり、しばらくES細胞の培養方法を修得するためにラボにお邪魔させて頂きました。培養皿上で拍動するES細胞から誘導した心筋細胞を見た時の感動は今でも忘れることができません。そして、足かけ18年、やっとES細胞から3次元的に唾液腺組織を作ることに成功しました。

大学教員として給与を頂いておりますので、教育、診断をおろそかにすることはできません。遅々として研究が進まない時期もありましたが、ずっと一つテーマに執着し小さなデータを蓄積してきた結果なんとか一つのゴールに到達することができたのではと感じております。もちろん、これまでの共同研究者をはじめご指導頂きました先生方や現在のスタッフなくしては得られない成果であり、本当に沢山の良い出会に恵まれたと感じています。

現在はビッグデータ時代であり、一人の研究者がコツコツ実験を進めていてはとても成果をあげることが難しい時代かもしれません。若い先生方は、自身の研究分野内・外関わらず多数の研究者と交流を深め、設定した目標に向かって継続的に研究を進めて頂きたいと期待します。当方も共同研究や大学院生の募集を積極的に行っています。ご興味のある方は当方のホームページをご覧下さい(http://www10.showa-u.ac.jp/~oralpath/index.html)。直接、私宛にメールを頂いても結構です(mishima-k@dent.showa-u.ac.jp)。

最後になりましたが、このような素晴らしい賞を頂き、ライオン株式会社、歯科基礎医学会中村雅典理事長、研究委員会の皆様ならびに関連する皆様には心より御礼申し上げます。


第31回(令和元(2019)年度)歯科基礎医学会学会奨励賞 受賞者

片瀬直樹先生

DKK3 overexpression increases the malignant properties of head and neck squamous cell carcinoma cells.
片瀬 直樹 先生
長崎大学生命医科学域(歯学系)口腔病理学分野

このたびは歯科基礎医学会 学会奨励賞を賜り、たいへん光栄に存じます。長年の目標であったこの賞を受賞でき感無量です。私は岡山大学歯学部の学部生の頃から基礎歯学に惹かれ、口腔病理学分野にお邪魔して病理診断や研究のお話を伺っているうちに、病理学にすっかり魅了されていきました。その後、学部5年生の時に父を癌で亡くしたことをきっかけに癌研究を志し、大学院に入学しました。経済的な問題もある中で、永井教之名誉教授、長塚仁教授の懇篤なるご指導を受け、研究の道に入ることができたことは本当に僥倖であったと思います。改めて感謝申し上げます。

我々は頭頸部癌に特異的な癌関連遺伝子の検索からDKK3遺伝子に着目し研究を行っています。DKK3の属するdickkopf WNT signaling pathway inhibitor familyは分泌型タンパクをコードし、その名の通り細胞の癌化に関わるWnt/β-catenin signalの抑制因子として機能します。DKKタンパクはWnt ligandのco-receptorであるLRP5/6に競合的に結合することでWntシグナルを抑制しますが、DKK3はLRP5/6への結合ができず、その代わりに細胞質内でユビキチンリガーゼのβ-TrCPと結合してβ-cateninの核内移行を阻害してシグナル伝達を抑制します。DKK3は、このWnt抑制作用と種々の癌組織で発現が低下していることから癌抑制遺伝子とされてきました。ところが我々の研究では予想に反して、頭頸部癌ではDKK3発現が高頻度に認められ、DKK3発現群は予後不良となることが示されました。ここから「頭頸部癌ではDKK3が癌遺伝子として機能するのではないか?」との仮説に至り、検証を続けています。

今回の受賞対象論文では、頭頸部癌細胞にDKK3を過剰発現させ、その影響を検討しました。結果からはDKK3過剰発現はAktのリン酸化を増加させ、腫瘍の増殖・浸潤・遊走・腫瘍形成能の全てを有意に増大させることが明らかになりました。また、これに一致してDKK3を安定的にノックダウンするとPI3K/PDK1/Aktのリン酸化低下が見られ、腫瘍細胞の増殖や浸潤が有意に低下することも報告しました。これらの結果は我々の仮説を支持し、DKK3が頭頸部癌の悪性度を規定する因子である可能性が強く示唆されます。現在は、DKK3のAktの活性化に関わる機能ドメインの同定に熱意を持って取り組んでいます。本研究の成果が将来的に頭頸部癌患者を救うことを願います。

最後に、本研究に際しご指導を賜りましたグンデゥズ メーメット先生、辻極 秀次先生、濃野 勉先生、西松 伸一郎先生、ならびに共同研究者の山内 明先生、山村 真弘先生、永野 健一先生、藤田 修一先生に深甚なる謝意を表します。


Neutrophil elastase subverts the immune response by cleaving toll-like receptors and cytokines in pneumococcal pneumonia
土門 久哲 先生
新潟大学大学院医歯学総合研究科

この度は第31回歯科基礎医学会 学会奨励賞を賜りましたことを大変光栄に存じます。

私は大学院生時代、臨床系の講座に所属しており、歯周病の研究を行っていました。その後米国ケンタッキー州のルイビル大学への研究留学を経て、基礎研究に興味を持ったことがきっかけで、現在の所属に異動しました。その後は主に肺炎に関する研究を行っています。

当研究室の研究課題である重症肺炎は、高齢者に多く発症し、年間13万人の死亡者のうち、65歳以上が95%を占めます。高齢者における肺炎の発症原因に口腔細菌の誤嚥が関与することから、歯科領域における肺炎研究も重要であると考えます。

肺炎の主な原因菌である肺炎球菌に感染すると、好中球が肺組織へ浸潤するにも関わらず、肺炎球菌を十分に排除できずに重症化する症例が報告されています。このメカニズムとして、① 肺炎球菌が自己溶菌により菌体内毒素を漏出すること、② 毒素により好中球が傷害を受け、好中球内部からプロテアーゼの一種であるエラスターゼが漏出し、③ 肺組織がエラスターゼにより傷害されて重症化する、という病態進行モデルを明らかにしてきました。受賞論文では、漏出したエラスターゼが宿主の自然免疫応答にも影響を与えるのではないかとの仮説を立てました。通常、免疫細胞は肺炎球菌等の病原体をToll様受容体等で認識し、細胞内シグナルを活性化することで、炎症性サイトカインを産生します。しかしながら、エラスターゼを作用させたマクロファージに肺炎球菌を添加すると、エラスターゼ非作用群と比べて培養上清中のサイトカイン濃度が著しく低下することが判明しました。そのメカニズムとして、エラスターゼがToll様受容体を分解し、細胞内シグナルを抑制することに加え、産生された炎症性サイトカインをも分解することを明らかにしました。現在は、これら成果を基盤として、新たな肺炎治療法の探索研究を行っています。

最後になりますが、本研究を遂行するに当たり、直接指導いただいた寺尾 豊教授(新潟大学大学院医歯学総合研究科)、小田真隆教授(京都薬科大学)、ならびに研究協力いただいた先生方に心より感謝申し上げます。


塚崎雅之先生

Host defense against oral microbiota by bone-damaging T cells.
塚崎 雅之 先生
東京大学大学院医学系研究科免疫学

この度は歯科基礎医学会奨励賞を賜り、大変光栄に感じております。研究の師匠である高柳広先生、多くの共同研究者の方々、そして本受賞にあたり私をご推薦下さいました上條竜太郎先生に心より御礼申し上げます。私は代々歯科開業医の家の長男として生まれ、親の跡を継ぐつもりで歯学部へ入学したのですが、骨代謝研究でご高名な須田立雄先生の影響を受け、基礎研究の道に進みました。歯周病で骨が減る理由に興味を持ち、学部学生時代は上條竜太郎先生ご指導のもと、炎症による骨形成抑制に焦点を当てた研究を行いました(Tsukasaki et al., BBRC 2011, BBRC 2012)。次第に、自分の興味を更に深く追求するためには高柳広先生の下で骨免疫学を学ぶ必要があると考えるようになり、研修医を終えてすぐに高柳研の門を叩きました。

大学院時代には、がん骨転移における破骨細胞形成機構に関する研究(Tsukasaki et al., J Bone Miner Res 2017)と、歯周炎における炎症性骨破壊メカニズムの解析(Tsukasaki et al., Nature Communications 2018)を行いました。後者の論文では、歯周炎に伴う口腔粘膜バリアの破綻に伴い口腔細菌が生体へ侵入すること、これに対し口腔粘膜に常在し本来は免疫寛容を担うFoxp3陽性T細胞が、骨破壊誘導能の高い特殊なTh17細胞へと分化転換することを見出しました。このTh17細胞は、IL-17産生を介して口腔上皮の抗菌プログラムを惹起し細菌を排除すると同時に、破骨細胞による歯槽骨吸収を誘導し感染源である歯の脱落を促すことで、感染および炎症を終息させる「諸刃の剣」として機能することが明らかとなりました。本知見は、免疫細胞と骨構成細胞が協調し、いざとなったら感染経路を断つことで外敵から身を守るという、他のどのバリアにも見られない口腔のユニークな免疫システムに光を当てたと同時に、これまで単なる炎症の有害な副次的効果とされてきた炎症性骨破壊の起源が、口腔細菌に対する原始的な生体防御機構であった可能性を示唆します(Tsukasaki et al., Nature Reviews Immunology 2019)。

現在は、これまで見落とされてきた骨免疫システムの重要な構成要素である「骨膜」に着目した研究、先端技術を駆使した破骨細胞の運命決定機構の解析、骨保護因子による免疫制御機構の解明、そして新たな単一遺伝性疾患の発見とその原因解明を目指した研究などを進めています。また歯科基礎医学会でも発表させて頂けますと幸いです。


第18回(平成30(2018)年度)歯科基礎医学会ライオン学術賞 受賞者

豊田博紀先生

大脳皮質における情報処理機構
豊田 博紀 先生
大阪大学大学院歯学研究科口腔生理学教室

この度はライオン学術賞を賜ることができ、大変光栄に存じます。歯科基礎医学会の役員の先生方および本賞の選考委員の先生方に深く感謝致します。

私はこれまで、大脳皮質における情報処理機構を明らかにする研究に取り組んできました。大脳皮質は明確な機能局在を示し、領野特異的な脳機能を発現していますが、機能カラムを構成する局所回路の動作機構が、領野を問わず普遍的であるか否かについては長年不明でした。我々はラットの体性感覚野バレル皮質と島皮質味覚野という二つのシステムにおいて、機能カラム内およびカラム間の局所神経回路の動作機構が異なる可能性を明らかにしました。また、大脳皮質においてGABA(B)受容体は、興奮性および抑制性ニューロンのシナプス前終末・後膜・外領域の細胞膜に存在していますが、機能カラム間での同期化・脱同期化にどのように影響を与えるかは不明でした。我々は、隣接するカラム間の錐体細胞間の同期化・脱同期化に、GABA(B)受容体を介するシナプス前抑制が重要な役割を果たしていることを明らかしました。これらの結果は、機能カラム間での同期化・脱同期化機構の根源的知見を提供するものであると考えています。

統合概念の形成、短期記憶情報の再現、情動などの高次脳機能は、脳の異なる領域間の機能協関の結果生じると考えられていますが、どのような神経機構により機能協関が生じるかについては、不明な点が多く残されています。我々は光学的膜電位計測法を用いて、島皮質味覚野とその尾側に隣接する島皮質自律機能関連領野の神経活動が、カプサイシンによりシータリズムで同期化することを初めて可視化して示しました。さらに、島皮質味覚野とその尾側に隣接する島皮質胃腸自律領野の神経活動が、内因性カンナビノイドであるアナンダミドの投与によりシータリズムで同期化することを示しました。島皮質で観察されたこうした神経ネットワーク活動は、味覚認知により惹起される摂食行動の制御に重要な役割を果たしているものと考えております。

これらの成果は、感覚情報処理および高次脳機能発現を担う大脳皮質の動作原理を理解する上で非常に重要な知見であると考えられます。現在、脳虚血や慢性疼痛時などの病態時における神経メカニズムを解明し、新たな治療法の開発に繋げることを目指して研究を行っております。これまで研究の遂行に多大なるご協力を頂きました教室員の皆様や共同研究者の先生方に心よりお礼申し上げます。


兼松 隆先生

肥満を制御する新たな分子メカニズムの解明
兼松 隆 先生
広島大学 大学院医歯薬保健学研究科 細胞分子薬理学

肥満は、メタボリックシンドロームの誘因となり、動脈硬化性疾患などの慢性炎症の惹起や病態の増悪に関わる。現在、肥満予防を目的として、食欲や脂肪蓄積を制御するための基礎医学研究が進められているが、未だ多くが謎である。我々は、PLC-related catalytically inactive protein (PRIP)の遺伝子欠損(Prip -KO)マウスを作製し、このマウスが過食であり血中インスリン濃度は高いが痩せた表現型を示すことを見出した。そこで、この表現型の分子機構を解明するために、PRIPを介した脂肪代謝や生体エネルギー代謝の調節機構の解明研究を行った。

まずPrip -KOマウスの膵β細胞が、インスリン分泌過剰を示す分子基盤を明らかにした。しかしながら、Prip -KOマウスはインスリン抵抗性の獲得に対して防護的であることから、PRIPの欠失は糖尿病発症に対抗できると結論づけた。次に、白色脂肪細胞におけるPRIPが仲介する細胞内シグナル伝達機構を解析して、PRIPが脂肪分解に関わる分子の脱リン酸化を調節して脂肪分解を制御するという分子基盤を明らかにした。さらに、PRIPの欠失は、褐色脂肪細胞における非ふるえ熱産生系を活性化して恒常的に生体エネルギー代謝の亢進を起こすこと、また長期寒冷刺激環境下でPrip -KOマウスを飼育すると非ふるえ熱代謝系の亢進が起きることを明らかにした。

我々は、これらの研究成果を通して、PRIPが白色脂肪細胞における脂肪分解と褐色脂肪細胞における非ふるえ熱代謝系を調節するという新しい分子基盤を明らかにした。今後は、PRIPを介した脂肪分解の脱リン酸化調節機構を創薬標的として、脂肪分解と生体エネルギー代謝を活性化する抗肥満薬の開発を目指した研究を推進していく。


第30回(平成30(2018)年度)歯科基礎医学会学会奨励賞 受賞者

浅野智志先生

Suppression of cell migration by phosphoilpase C-related catalytically inactive protein-dependent modulation of PI3K signalling.
浅野 智志 先生
広島大学 大学院医歯薬保健学研究科 細胞分子薬理学

この度は第30回歯科基礎医学会 学会奨励賞を賜りましたことを大変光栄に存じます。これまでご指導頂いた先生方、共同研究者の先生方、及び歯科基礎医学会の先生方に心より御礼申し上げます。

私の研究経歴は、若林健之先生の門をたたいた所から始まります。そこで骨格筋のアクトミオシン系が高度に規則的に整列するサルコメア構造に魅了され、それ以来、細胞骨格、モータータンパク質の研究に携わってまいりました。研究室を出てからは黒田正明先生の研究室を経て、細谷浩史先生の下で細胞生物学を学び、研究テーマが筋肉から、非筋細胞のアクトミオシン系が関わる細胞移動や細胞質分裂などの細胞現象へと変わりました。しかし興味の根幹は変わっておりません。学位取得後は、スフィンゴ脂質を専門とする岡崎俊郎先生の下でポスドク研究員として、脂質の制御する細胞移動の研究に携わり、その後、脂質と細胞骨格の研究を別の角度から学びたいと思い、現在の兼松隆先生の研究室にポスドクとして受け入れていただきました。細胞生物学を研究の基盤とする私にとって歯学の世界は縁遠いものだと思っておりましたが、この研究室では、歯学だから生物学だからといった枠組みに捕らわれず、自由な発想で研究を進めて良いと言っていただき、居心地の良さから気づけば7年以上も在籍し続けておりました。奨励賞を頂いた研究論文はこのような環境の中だからこそ生まれた研究成果だと思っており、感謝しております。

本研究は、癌の転移抑制に関わる新たな分子の発見と、その機能メカニズムを示したものです。我々の研究グループは、この新規分子が、癌の増悪化の原因の1つに挙げられるホスファチジルイノシトール-4,5-二リン酸(PIP2)/ホスファチジルイノシトール-3,4,5-三リン酸(PIP3)シグナルを抑制することを突き止めました。本研究は、乳癌細胞を用いて解析をしておりますが、PIP2/PIP3シグナルは多くの癌細胞で活性化状態にあることから、この分子が口腔癌細胞の転移にも関わっていることが期待できます。今後は、このような新規分子によるPIP2/PIP3シグナルの制御機構を利用した新たな転移抑制薬の開発を目指して研究を進めていく所存です。


[6]-gingerol and [6]-shogaol,active ingredients of the traditional Japanese medicine hangeshashinto,relief oral ulcerative mucositis -induced pain via action on Na+ channels.
人見 涼露 先生
九州歯科大学生理学分野

この度は第30回歯科基礎医学会奨励賞(生理学部門)を賜りましたこと、厚く御礼申し上げます。

本研究に用いた漢方薬の半夏瀉心湯は、がん治療の副作用として発症する広範囲で激痛を伴う口内炎に対する有効性が評価され、口内炎に苦しむ多くの患者に処方されています。本論文では、この半夏瀉心湯の鎮痛メカニズムについて、口内炎モデル動物を用いて解析しました。その結果、半夏瀉心湯を構成する7つの生薬のうち、乾姜という生姜の成分ショーガオールとジンゲロールが、疼痛に関与する電位依存性ナトリウムチャネルを介して鎮痛効果を発揮することが明らかになりました。ショーガオールやジンゲロールは非常に浸透性が悪いのですが、半夏瀉心湯に含まれる浸透性を増強させるニンジン(人参)生薬によって口内炎部でのみその効果を発揮することも分かりました。つまり、うがい薬として使用することの多い半夏瀉心湯の効果は、口腔内全体に広がるものの健常粘膜には作用せず口内炎部のみで鎮痛効果を発揮するという理想的な薬物であることが示されました。半夏瀉心湯を構成する様々な生薬はそれぞれの役割を持ち、お互い補い合って働いていることが分かり、漢方薬の奥深さを目の当たりにしました。

半夏瀉心湯には鎮痛効果以外にも、抗菌、抗炎症、抗酸化効果に加えて創傷治癒促進効果も持つことが最近明らかになっています。さらなる研究により、半夏瀉心湯がより多くの患者の疼痛緩和に役立つことを願います。

最後に、本研究を遂行するにあたり、九州歯科大学生理学分野の小野教授をはじめ、当分野のスタッフおよび大学院生の皆様、株式会社ツムラの皆様には多大なるご支援をいただきました。心より感謝申し上げます。


田中志典先生

Oral CD103-CD11b+ classical dendritic cells present sublingual antigen and induce Foxp3+ regulatory T cells in draining lvmph nodes.
田中 志典 先生
ペンシルベニア大学医学部博士研究員

この度は歯科基礎医学会奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。本研究を指導してくださった東北大学大学院歯学研究科菅原俊二教授、福本敏教授をはじめ、教室員の先生方に深く感謝申し上げます。

私は口腔領域の免疫システムに興味を持って研究しており、現在は米国ペンシルバニア大学で博士研究員をしています。

本研究では花粉症などアレルギー疾患の根治療法として注目されている舌下免疫療法のメカニズム解明に取り組みました。口腔粘膜は常在菌や食物由来の外来抗原に常にさらされていますが、これらに対するアレルギーや炎症反応は通常起きません。舌下免疫療法はこの現象を利用して考案されたアレルギーの治療法であり、花粉などの抗原を舌下粘膜から吸収させ、全身に免疫寛容を誘導し症状の改善を図ります。抗ヒスタミン薬などによる対症療法と異なり、体質を改善することによる根治療法ですが、その詳細なメカニズムは分かっていませんでした。一般に、抗原に対する免疫寛容の成立には制御性T細胞の誘導が重要です。制御性T細胞は免疫反応の抑制を司るT細胞です。そこで、マウス口腔粘膜の抗原提示細胞について詳細な解析を行ったところ、口腔粘膜の樹状細胞がTGF-およびレチノイン酸依存性に制御性T細胞を誘導する能力を有することが分かりました。さらに、口腔粘膜の樹状細胞が舌下投与された抗原を顎下リンパ節に運搬し、そこで抗原特異的制御性T細胞を誘導することも明らかとなりました。これまで、舌下免疫療法は花粉症などのアレルギー性鼻炎や喘息に有効であることが示されていました。しかし、舌下免疫療法により抗原特異的制御性T細胞が誘導されるのであれば、他のアレルギー疾患の抑制にも有効である可能性があります。この点について検討したところ、舌下免疫療法は遅延型アレルギーの抑制にも有効であることが示されました。さらに、舌下免疫療法を施したマウスの顎下リンパ節から制御性T細胞を単離し、舌下免疫療法を行っていない別のマウスに移入したところ、そのマウスでも遅延型アレルギーの発症が抑制されることが分かりました。

これらの実験により、舌下免疫療法によって顎下リンパ節に誘導された制御性T細胞が実際にアレルギーを抑制する機能をもつことが証明されました。本研究成果は、舌下免疫療法の適応拡大や、治療効果を高める方法の開発につながることが期待されます。


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