若手研究者の育成
注目の歯科基礎医学研究者!第四弾!
新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔病理学分野
助教 阿部達也
「口腔病理学の転回を目指して」
本企画にお声がけいただき、誠にありがとうございます。新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔病理学分野助教・阿部達也と申します。
私は、新潟大学歯学部在学中に病理学に興味を持ち、新潟大学口腔病理学分野(朔敬教授)のもとで研究を開始し、臨床研修を経て、同教室で博士課程を修了いたしました。大学院での研究は、一貫して口腔癌および口腔粘膜病変の病理組織学的な研究でしたが、新潟大学腎研究施設・山本格教授のもとで病理検体を用いた質量分析によるプロテオミクス解析などを実施する機会にも恵まれました。その後、新潟大学医学部臨床病理学分野・味岡洋一教授のもとで、助教として診断病理・臨床病理学的研究の研鑽を積み、2020年から現在の所属に籍を置いています。
私は、これまで病理組織形態学を主体とした口腔病変の研究に取り組んできましたが、現在は口腔・頭頸部扁平上皮癌のmRNA 選択的スプライシングプロファイルの包括的解析に興味をもって取り組んでいます。よく言われることですが、オミクス解析は個々の細胞事象を見ているだけでは失われがちな、全体像の把握を目的とする手法です。病理研究においてもオミクス解析が盛んにおこなわれるようになり、遺伝子・エピゲノム・RNA・タンパク質・形態所見といった全方位的解析が技術的にも可能になってきたことで、歴史的に積み上げられた病理組織所見とその背景事象の双方向的解釈が可能になるのだろうと考えています。そのため、病理医ならではの形態学的観点からの解析も研究に活かすべく、人工知能を用いた病理画像解析をZurich 大学・Viktor Kölzer 教授 (現・Basel 大学教授)との共同研究として立ちあげ、鋭意進行中です。
病理学研究は、基礎学問と臨床学問をつなぐ架け橋のようなものであると思っています。基礎学問的視点と臨床学問的視点をもちつつ、独自の観点からの研究を展開していきたいと思います。
写真: チューリッヒ湖の湖畔にて
朝日大学歯学部口腔機能修復学講座口腔生理学分野
講師 安尾敏明
私は、九州大学大学院歯学研究院で二ノ宮裕三先生ご指導の元、末梢味覚器における味情報の伝達メカニズムについての研究をさせていただきました。単一味細胞における味応答の活動電位記録解析では、吉田竜介先生と村田芳博先生にご指導いただき、味刺激により味細胞から情報伝達物質としてATPが活動電位依存性に放出される可能性やGABAシステムが味蕾内に存在する可能性を報告させていただきました。
その後、母校朝日大学で、私は、肥満症やフレイルの原因に偏食等の食習慣の乱れがあることに着目し、「野生動物はなぜ微量栄養素を欠乏しないのか?」、また、「味覚異常は亜鉛や鉄だけでなく、他の微量栄養素の不足でも起きていないのか?」等の疑問を抱いていたことから、体内で不足し易く酸味を呈するビタミンC(VC)の研究を硲哲崇先生ご指導の元で行いました。VC合成能欠如ラットの解析の結果、VC欠乏食摂取が、味細胞での一部の味覚センサー関連分子の発現低下、味覚神経応答の低下、VC水溶液等の酸に対する選択摂取行動の増加や食欲不振を惹起する可能性(Yasuo et al 2019, 2023)を示し、2023年歯科基礎医学会学術大会のアップデートシンポジウムで発表させていただきました。基礎歯科生理学第7版にある「味覚は、各食物が有する成分(栄養物)のシグナルであるので、体内の栄養状態に応じてその嗜好性を変化させることが知られている。欠乏した栄養素の補給に味覚が重要な役割を果たしている。」という内容を裏付ける結果となりました。酸味の生理学的意義の一つに、「VCを検出する」ことがあるのかもしれません。
また、私はペンシルバニア大学モネル化学感覚研究所のDr.Margolskee & Dr.Peihuaラボに留学させていただき、肥満症患者の空腸においてBMIが高い程、一部の味覚センサー関連分子の発現が低下する可能性をJOBで論文発表させていただきました(Yasuo et al 2022)。味覚センサーが腸管でも発現し機能することを世界で最初に報告したラボですが、味覚センサーが歯肉に発現し歯周病に関与することも私の留学中に報告していましたので、私は現在、歯肉の研究にも挑戦中です。
これら研究が、歯科医学の発展に寄与し、高齢者の介護予防(フレイル対策)や生活習慣病の疾病予防・重症化予防に貢献できれば幸いです。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
九州大学大学院歯学研究院 OBT研究センター
准教授 溝上顕子
「性差の視点から健康科学を考える」
私は、ジェンダード・イノベーション、すなわち性差に配慮して研究開発を進めることで、すべての人に適した真のイノベーションを創出することを目指しています。これまでに行われてきた科学研究の多くは、性別を考慮せずに(動物実験では主にオスを用いて)得られたデータをもとに行われてきました。見過ごされてきた性差にフォーカスすることで、これまでの知識を再定義する必要も出てくると考えています。
そのように考えるようになったきっかけは、オステオカルシンによる全身のエネルギー代謝調節機構の研究です。2007年、オステオカルシンがホルモン作用を持ち、インスリン分泌を起点としたエネルギー代謝に関与することコロンビア大学のグループが発見し、注目を集めました。その代謝調節機構の中で、私たちは、消化管ホルモンであるGLP-1が重要な役割を果たすことを発見しました。さらに、オステオカルシンが経口投与でも有効であり、長期間投与によってエネルギー代謝が改善されることも示しました。しかし、この効果はメスに限定され、オスでは逆に糖尿病様症状を誘発することが明らかになりました。これらの知見は、当時一緒に実験をしていた大学院生と共に、雌雄両性のマウスを用いて実験を行ったからこそ得られたものです。それ以降、私は疾患の性差に関する研究に興味を持つようになりました。
現在、私たちはアルツハイマー型認知症の性差に焦点を当てた研究に取り組んでいます。男性のアルツハイマー型認知症の患者数は、女性の約半分であることが知られています。この性差は女性の長い寿命だけでなく、何らかの生物学的な理由に起因すると考えられますが、その詳細なメカニズムはまだ解明されていません。私たちは、特に男性の低い罹患率に焦点を当て、脳の免疫細胞であるミクログリアにおけるテストステロンの作用に関して解析を行っています。性別による病態の違いが生じるメカニズムを明らかにすることで、疾患の分子基盤を明らかにできるのではないかと考えています。
私が所属するOBT研究センターは、口腔機能から脳機能、さらに全身の健康に至る科学を包括的に探求するコンセプトのもと設置されました。このコンセプトに則り、多国籍の大学院生たちと共に、さまざまな分野の先生方と連携し、性差を含む幅広い視点から健康科学に貢献したいと考えています。
第65回 歯科基礎医学会(2023年9月)ポスター会場にて。
一緒に研究を行っている口腔機能分子科学分野の佐野朋美先生(中央)と大学院生たち。
筆者は右から2番目。