注目の歯科基礎医学研究者!第六弾!
九州大学大学院歯学研究院 口腔顎顔面病態学講座 顎顔面腫瘍制御学分野
助教 金子直樹
私は現在、九州大学の顎顔面腫瘍制御学分野で臨床・研究に従事しております。元々口腔癌の治療と研究に興味があり、口腔外科に入局しましたので、大学院に進み川野真太郎 先生のご指導の下、上皮間葉転換(EMT)を介した口腔癌の転移機序について研究を行いました。また当科では、中村誠司 先生と森山雅文 先生を中心に、シェーグレン症候群やIgG4関連涙腺・唾液腺炎などの唾液腺疾患の免疫学的な側面からの研究も活発に行なっておりました。同教室の前原隆 先生が、ボストンのRagon Insituteで唾液腺疾患の病態について特に免疫細胞に着目して研究を行っていました。私も是非海外留学をして、最先端の場で研究を行ってみたいと考えておりましたので、PIのProf. Shiv Pillaiに直接会いに行き熱意を伝え、前原先生の帰国と入れ替わる形で、何とか留学先のラボに受け入れてもらえることとなりました。
留学後は、唾液腺疾患におけるT細胞の動態について研究を行っていましたが、新型コロナウイルスのパンデミックが重なり、当初の研究を続けることが困難となってしまいました。一方で、Bostonは世界屈指の医薬系研究のメッカの一つで、留学先であるRagon Instituteはウイルス感染症をメインに研究しておりましたので、新型コロナウイルスの研究も有志で先陣を切って取り組むことが決まり、私もその一員として参加させていただくことができました。その中で私は、新型コロナウイルスにおける免疫反応の異常について研究を進め、何とか論文として発表することもできました。パンデミックで本当に大変な中、ご指導・ご支援いただいた方々には本当に感謝しています。
帰国後は、唾液腺疾患や口腔癌において生じる免疫反応について、特にT細胞とB細胞の病態との関連や、抗原の解明を目指して研究を続けています。私は口腔外科の教室に在籍しており、日中は臨床業務に当たっております。そのため、臨床業務で生じたクリニカルクエッションを、そのまま研究として落とし込めるのは、私の強みだと思っています。一方で、研究は診療終了後の夕方以降に行うことが多いのですが、その短い時間の中で研究を続けられているのは、一重に周囲の方々の支えによるものです。特に、一緒に研究をしている大学院生にはいつも本当に感謝しています。
研究を行う上で最も楽しい点は、多くの研究者と協力して共同で研究を進めていく過程です。皆で知恵を出し合いながら、難題を乗り越え、世界の理を明らかにしていく過程は、研究の醍醐味だと思っています。また例え本当に小さな発見でも、自分が世界で初めてこの事象と向き合っていると考えるとそれだけでワクワクしてきます。
まだまだ未熟者ではありますが、今後少しでも医学・歯学の発展に貢献できるよう尽力していきます。
左:川野真太郎先生と筆者(右から4番目と5番目)と研究チームの先生方
右:Prof.Shiv Pillai、中村誠司先生と森山雅文先生(2024年4月撮影)
岡山大学学術研究院医歯薬学域 口腔病理学分野
助教 高畠清文
私は岡山大学歯学部を卒業後、岡山大学口腔外科(顎口腔再建外科学 飯田征二教授)に入局し、臨床に従事しつつビスフォスフォネート製剤が骨芽細胞に及ぼす影響や皮質骨内骨膜からの間葉系幹細胞樹立し骨組織形成へ応用する研究に携わりました。その過程で、細胞の分化・増殖には足場となる細胞外微小環境が重要であることを強く認識し、ハニカムTCPという人工生体材料を用いた硬組織再生研究に取り組みました。
ハニカムTCPとはリン酸三カルシウム(TCP)に直線的貫通孔をハニカム状に配列した人工生体材料です。ハニカムTCPの貫通孔の孔径を変化させることで、骨・軟骨を選択的に再生できること、そしてTCP内に形成された骨組織では、生体内に類似した骨髄組織形成や造血幹細胞ニッチが形成されることを確認しています。また、臨床応用への可能性を示すため、ラットの頬骨や頭蓋骨に移植し組織学的検討にて“質”と“量”を兼ね備えた完全な骨再生医療の実現に向けた基盤技術の構築を行っています。
大学院卒業後は岡山大学口腔病理学分野(長塚 仁教授)に移り、口腔扁平上皮癌やエナメル上皮腫の腫瘍間質に着目した研究を行っています。大学院時代の細胞外微小環境の重要性の認識と、口腔病理学分野での日々の病理診断において病理組織標本から得られる疑問や現象から着想を得た研究を行っています。
口腔扁平上皮癌の腫瘍間質研究では、腫瘍間質が腫瘍実質の分化度や浸潤能といった生物学的性格を直接制御している可能性を見出しています。一般的に腫瘍間質は実質に従属的に支配された組織であると認識されています。また、口腔扁平上皮癌は遺伝子異常の蓄積による多段階発癌により発生するのが定説で、腫瘍とは腫瘍細胞の自律的、無秩序な過剰増殖により定義されています。この自律性は本来腫瘍細胞に備わっているものであり、腫瘍間質により腫瘍細胞の自律性、無秩序性が調整されているのであれば、これまでの腫瘍の概念は再考の余地があると考えています。
現在の腫瘍間質研究では間質を構成する個々の細胞の由来や機能解析が主体です。しかし、実際の腫瘍間質はヘテロな細胞集団であり、複雑なネットワークを形成しています。私たちの研究室では、腫瘍間質を一つの組織として捉え、ヒト由来のヘテロな細胞集団である腫瘍間質を一塊で研究に使用しています。このため、腫瘍間質が実質を制御するメカニズを紐解くことが難しいですが、面白いところであり日々解明に取り組んでいます。
東海大学医学部医学科 基礎医学系 生体構造学領域
准教授 山本将仁
「小さな研究を羽ばたかせ、未来へつなげる」
(プロフィール)
1982年,奈良生まれ.形態学者(歯学博士、東京歯科大学)・歯科医師.筋・腱・骨を別の組織として考えるのではなく,『筋-腱-骨複合体』という1つの器官として捉え研究を続けてきたが,近年では筋の中に存在する"筋内腱"について研究を進めている.研究理念は形態を素直な心でみる.
(私の研究)
『筋-腱-骨複合体』という概念のもと,各組織を別け隔てなく観察しながら,頭頸部の発生を追求してきました.ある日,骨に近接する筋原基の中に突如として"筋内腱"が発生する現象に出会いました.詳しく調べてみると,腱研究の主流はアキレス腱などの筋外腱であり,“筋内腱”の発生機序はこれまで明らかにされていませんでした(図1).小さな出来事ですか,予想外の構造の出現に魅了され,現在は"筋内腱"の発生研究を主なライフワークとしております.結果が思うように出ない日が多い中,『思いもよらない現象や結果に出会えた時の楽しさ』が私の研究の原動力です.
(小さな発見を未来へつなげる)
『咀嚼筋腱腱膜過形成症』という日本発の疾患をご存知でしょうか.これは咀嚼筋の腱および腱膜の過形成により開口障害を伴う新たな概念の疾患です.本疾患は特に若い女性に発症します.この疾患は2005年に日本口腔外科学会に新しい概念の疾患として認められ,2008年には日本顎関節学会によって病名が承認されました.主な病態は骨格筋内の腱の過形成であり,その病因を解明するためには“筋内腱”の発生機序を明らかにする必要があります(図2).本疾患の予防法や新たな治療方法を立案するためにも,“筋内腱”発生の基礎研究を私は推進します.
(研究は一人ではおこなえない)
もともと研究は1人黙々とおこなうものというイメージがありました.しかし,これまでにも諸先輩方や後輩の皆を含めた共同研究者の方々に支えられて,「意外な結果」に度々出会ってきました.1人で考えることはもちろん重要ですが,小さな研究を未来へ羽ばたかせる為にも,周囲からご意見をいただけることがとても重要であると考えております.
新潟大学医歯学総合病院 顎顔面口腔外科
医員 磯野俊仁
この度は「注目の歯科基礎医学研究者」の記事を執筆する機会を頂き、歯科基礎医学会関係者の先生方に心より御礼申し上げます.本稿では、研究を始めたきっかけと研究テーマについて述べます.
1. 研究を始めたきっかけ
新潟大学歯学部3年次に微生物学の講義を履修したことで,細菌の感染メカニズムや宿主免疫とのせめぎ合いに興味を持ち,微生物感染症学分野を訪ねたことが研究を始めるきっかけでした.主に小田真隆准教授(当時)の実験のお手伝いをし,様々な実験手技とその原理を理解していきました.そして先生方とディスカッションをしながら,科学的に問題を解決することの楽しさを覚えました.
実験室での一コマ(学部学生時)
2. 研究テーマ
日本では,歯科とも密接な関係にある誤嚥性肺炎を含めた肺炎により年間約13万人が死亡しています.肺炎球菌は肺炎の主たる起因菌の一つです.大学院進学以降、肺炎球菌性肺炎が重症化する機序の解明に取り組んでいます.その一つを紹介します.
肺炎球菌に感染すると,好中球が細菌毒素で傷害され,細胞内からタンパク質分解酵素のエラスターゼが漏出します.漏出したエラスターゼは,肺組織を破壊し,肺炎を重症化させます.予備実験により,肺炎球菌感染マウスの肺胞洗浄液では非感染マウスと比較して,組織修復に機能する上皮成長因子受容体(EGFR)を多量に検出しました.EGFRは膜タンパク質であり,通常細胞外に遊離しません.そこで,エラスターゼがEGFRを分解し,肺組織の修復を遅延させるとの仮説を立て,解析を行いました.その結果,エラスターゼは肺胞上皮細胞のEGFRを分解し,上皮成長因子(EGF)が EGFRに結合できなくなることで,肺胞上皮細胞の増殖が阻害されることが示されました.また動物実験により,急性肺損傷の治療薬として承認済みのエラスターゼ阻害薬(シベレスタット)を投与することで,EGFRの分解が抑制され,組織修復が改善されることも示されました.
3. 最後に
今回紹介した研究は,なかなか良い結果が出ず,苦しんだテーマでした.しかし,「今までの感染症研究にない面白い研究テーマだから,絶対に続けなさい.」と常に励まし,指導して頂いた寺尾豊教授に感謝申し上げます.そして研究の楽しさを教えて頂いた小田真隆先生,研究に協力して頂いた全ての先生方に感謝申し上げます.今後も肺炎を含めた口腔に関連する感染症の基礎研究を続け,新規治療法の開発に貢献できるよう,邁進します.